2012年6月13日水曜日

またまた総選挙か。 Is Japan a general election again?





これは、あくまで私の予見です。
This is my foreknowledge to the last. 

このままいけば、日本の総選挙は早まるのではないでしょうか?
If it goes as it is, isn't it probably rash in a general election of Japan? 

恐らくは早ければ今年の秋。
Probably, the beginning of autumn of this year will come a general election. 

なぜなら、日本の与党である民主党と、野党である自民党との社会保障に関する考えは異なり、消費税増税案は、可決されるとは思えないからです。6月12日時点
It is because I cannot think that the ideas about the social security of the Japanese present governing party and main opposition party differ, and the tax increase bill of a consumption tax is approved. 
June 12 time. 

加えて、日本の中国大使である丹羽宇一郎氏の「尖閣諸島購入支持する日本国民はおかしい」等の発言で外相及び現政権の対応が注目されています。
Besides, in addition, in the remark of Mr. Uichiro Niwa who is Japan's China ambassador made "amusing [ the Japanese who do the Senkaku Islands purchase support ]", correspondence of the Foreign Minister and the government attracts attention. 

丹羽氏を更迭することなく、現状のまま据え置けば保守派層との火種はくすぶり続け、自民党が解散総選挙へのステップボードにする可能性があるからです。
For example, it is because it may become a spark with a conservatives layer and the Liberal Democratic Party may make it the step board to a snap general election, if it keeps unchanged, without dismissing Mr. Niwa as it is. 

何かとちぐはぐな日本政治です。
Politics of Japan does not show composure. 

現在の野田首相は心を入れ替え、何とか防衛面、原発(電力)面では、前向きに取り組んでいますが、しかし、民主党政権全体の成果で考えると、このまま政権を任しておいて良いはずはありません。
Although Prime Minister present Noda reforms himself and being somehow tackled positively in respect of defense and a nuclear power plant (electric power), however if it thinks with the result of the whole Democratic Party Administration, political power is not left as it is. 

来年の春くらいをめどに少し国民も原発反対熱や、尖閣諸島問題の道筋が見えてきたところで総選挙になることが私自身は、望ましいと考えますが、早ければ年内、あるいは年明け早々などになる可能性があります。
 I think that it is desirable to become a general election in the place where people have had nuclear power plant opposite heat and a route of the Senkaku Islands problem visible to the prospect in the spring of next year as for myself, if early -- the period before the year end or early next year -- the beginning etc. may come. 

その際には、次もまた民主党政権に、あるいは代わり映えのしない自民党政権に簡単に票を投じないように熟考しなくてはなりません。
To the Liberal Democratic Party Administration which neither the Democratic Party Administration nor becoming better for the change also makes the next in that case, the people have to consider carefully so that a vote may not be cast simply. 

まずは、これからの東シナ海における覇権争い、そして中国の台頭に備え、真正保守であること、そして平成の長く続く不況に対して日本の明るい未来を提示できる経済に精通した政党であること。
It is the political party well versed in the economy which prepares for the hegemony argument in the future East China Sea, and Chinese rise, and can, first of all, present the bright future of Japan to that it is genuine maintenance and the depression which continues for a long time. 

少なくともこの2大要件は満たさないといけないと考えます。
I think at least that this 2 outline affair must be fulfilled. 

あくまで私見ではありますが、日本人の考えの元にある判断力、そしてこの島国にあって先を見通す情報力を駆使して、最善の決断をしなくてはなりません。
Although it is a personal opinion to the last, you have to make the best decision, making full use of the judgment in the origin of a Japanese idea, and the information power which is in this island country and foresees the point. 

未来への責任は、私たち選挙権のある大人に委ねられています。
The responsibility for the future is left to the adult with us the suffrages.

この未来に対する責任を持つ大人の一人として迷うことなく、国益を優先する政党及び人物を選出し、応援していきたいと思います。
I  would like to elect and aid the political party and person who give priority to national interest, without wavering as one of adults with the responsibility for this future. 



追伸:翻訳ミスがあるかと思われますが、現時点での理解力のためとご容赦下さい。
あくまでチャレンジです^^








2012年6月10日日曜日

40代が死なないために

40代が死なないために。
なんてちょっと大げさな?タイトルにしてみました。

いや、なっちゃったんですね。

自分のこととか、周りの人のこととかいろいろ思うことがあって・・・。
結局、死なないように(自殺しないように)するにはざっくり言ってどうすればよいのか。やっぱり、「個性をつぶさない」ってことなのかな、って、思ったりしたんです。

本当に痛々しいことが今の世の中、多いんですよ。
ちょっとした行き違いなんかもあってね。

企業も政府も個人もどんな団体でも、今の世の中,平成不況が長引くなか、いよいよひずみがのしかかってきて、皆、余裕がないんですよ。

だから仕事したり、あるいは求職活動したりしても重箱の隅をつつくようなことでね、自分の価値が品定めされる。ちょっとした自分のミスや、ちょっとしたことでもAll or Nothingになって追いつめられたりしてしまうことも・・・。

企業はそこそこ利益を得ていても戦略に沿わない社員やターゲットはばさっと切り捨てていく。そんな中で何をするにも自信をなくしていく人が後を絶たない。また人間関係にも余裕がなくなってなかなか本音をぶつけ合ったりする機会にも恵まれない。

誰も自分が損したくはないんだ。
facebookやtwitter、おせっかいなソーシャルが幅を利かせるなか、一歩、間違ったら友人や知人を失ったり「あの人はこんな人だ」ってレッテル張られたりすることも恐いんだ。

だから、自分の安全圏を守ろうとする。
自分の守備範囲のこと以外はしたくないんだ。

何が言いたいかって。
やっぱりそりゃ、人には愛された方がいいし、人間関係もうまくいった方がいいけれど、それだけを考えてちゃダメだな、やっぱ。
捨て身になって生きられない。

個性を潰して生きてくって選択肢を選んでいる人も多いと思うけど、最後は中庸を取ろうとして何も得られない人生を歩んでいくことになるんだよ。
そんなことがようやくこの歳になって40代も半ばを迎えて分かるようになったきたんだ。


結局は、自分を助くる者は自分でしかない。

自分の個性が最後はきっと大きな花を咲かせるんだ。

だから自己卑下、自己憐憫は卒業して前を向いて歩いていかないといけない。

自分の個性こそが自分が何たるかを教えてくれて、自分がこの世に生まれてきた意味を教えてくれるものなんだ。

だからね、遅すぎたと思うことなく、今からでも自分の個性と向き合って(主に長所ね)、自分自身の花を咲かせようと思うこと。信念にすることだな。

もっと面白い人間になろう、と私も今日から思ってみることにしたから。
自分も他の人も、自分だけの面白い生き方見つけられたらいいね!

まだまだ未完成な自分が死なないように、この世に地に足をつけていきるようにするための方法。個性を生きるってこと。

自分の個性をきちんと生きた時に、必ずやこの人生の回答を得られると信じて。

誰も本当の自信を持っている人はそう多くはないからね。

自分を励ましながら、この不確実な時代を生きていこうよ。


2012年6月4日月曜日

気持ちがまだまとまらないけど。

自分の心の中にある思いを代弁してくれたような「天使のモーニングコール」
『救いの道を開く鍵』。http://www.tenshi-call.com/t/mp3/2012/120421_22.mp3
http://www.tenshi-call.com/t/index_2.html


2012年6月3日日曜日

シンプルに言ってみた方が良い映画『ファイナルジャッジメント』公開

幸福の科学出版の「ファイナルジャッジメント」(配給:日活)が昨日から公開されたが、それに呼応するようにNHK「ETV特集」でも天安門事件を生きた詩人のドキュメンタリーが放映されている。「母の胎内に戻るように私は眠る。母の胎内にいた時は監視されていなかったから…」
映画は爽やかな心地よさと切なさ、儚さを感じさせてくれる。
私は友の使命のために自分の生命をなげうった男が天使となって彼の活躍を隣で見るシーンが一番好きです。これ迄の概念を取っ払い日本人全員が、この国難に立ち上げるために見てほしい必見です!http://www.fj2012.com/

2012年5月6日日曜日

民主党政権にみる天変地異からの脱出を!

夜、自宅に戻り、テレビをつけてみると竜巻が発生のため、茨城で30棟もの家屋が倒壊になったこと、死傷者が50名も出たことが分かりました。

日本で被害が出る程の竜巻が起きるのは珍しいことと思います。
しかも関東圏だけではなく、わたしの実家のある四国・徳島でも1センチ周囲程の雹(氷の塊)が降ったそうです。「全国区で」ということになります。

先の雹(氷)を見た直後に書いたブログと重なる内容にはなりますが、やはりこの問題、私は無関心でいることが出来ません。

なぜなら、神々というのは気候を自由に操ることが出来る存在であると伺っているのです。中東のアラーやジーザス、日本神道の神々も。その御技を天候を操ることでもって神の威光(神の意志)というものを地上のものを伝えてこられたのです。

であるならば、私たちはもっと神の意志、神の望まれる光の方向に気づかなくてはならないのではいでしょうか。天変地異は明らかに天意のはずです。時は、東日本大震災の翌年、左翼政権とそれを支持する環境左派の人々によって全原発が停止された翌日に起きた出来事。

国体が誤った方向にあるのなら、善人の上にも悪人の上にも等しく、天変地異という形でその御意向を、お姿をお現しになるのではないでしょうか。

この状況が続けば原発停止の挙げ句、今夏は猛暑で生命を断つ方も現れるでしょう。また、人命はもちろんのこと、日本の中小企業をはじめとする企業への打撃は言うまでもありません。また世界で最も高い技術と、世界が認めた日本の原子力技術を継承することができず、第三国などの海外へ輸出することが出来なければ日本の経済的損失のみならず、海外の人々にとっても電気を供給する、という貢献を出来ずに終わってしまうかもしれないのです。

代替エネルギーへの移行はまだまだ諸手を挙げて喜べる程、簡単なことではありません。また、日本の原発が停止する一報で、万が一、北朝鮮が核開発がうまく行って日本に弾道ミサイルを打ちこんで来る、というようなことでもあれば、原発さえ稼働していれば日本は、報復、いや先制攻撃(どちらも穏やかではありませんね)、抑止力としての核を開発することさえできたのです。

しかし、その道は断たれたことを日本は発信したことで,世界の見る目はどう変わるか分かりません。まさしく猛獣の中に解き放たれたウサギか鹿のようなそんざに見えるのではないでしょうか?(なぜならアメリカも中国との協調路線を重視しており、アジア地域からその防衛戦力をひいていっていますよね?)

そんなアジアの状況の中、日本は自主防衛こそが自らを安全にこの国家を運営していく道なのです。

まさしくその矢先のことです。

よくよく、国家運営の責任者として民主党政権には考えて頂きたいと思います。
次々に原発を停止し、国体を弱体化させているという罪を、この国の守り神である神々はどうみているのか。神の警告として今日のことは受けとめよう、この小さな海洋国家に、左派政権を誕生させた国民の悲劇は自ら受けとめ、この状況を打破するその一歩を今日も明日も刻んでいかなくてはならない。

その思いを多くの方々と共有していきたく思います。

ついに日本の神々の鉄槌が下されたか

今、まさに出かけんとしていた矢先、ベランダで固い物があたる物音が。。
目をやるとそこには雨の音に混じってかつて見たこともないような大きな白い塊、氷が幾重にも重なって振ってきているのだ。


「こんなの見た事ない!」そう、45年生きてきてこんなに大きな氷の塊を見たのは初めてだ。それも何というか、白い大きな結晶はまるで地上で細々としたことで煩い生きる人間をあざ笑うかのように、まるでこの世を浄化させんとばかりにむち打つように強く、勇ましく降りしきってくるのだ。

ベランダに打ち付ける氷に矢も盾もいられず、一度はベランダの戸をきっちりとしめ、冷静さを取り戻そうと自室のパソコンに向ったのだが、この状態を収めておきたいとカメラを構えた。なかなかうまく映すことができなかったが、10分程して雨音がやみ、氷がみるみるうちにさーっと小ぶりの雨へと変わっていった。直後、集合住宅の前の通路や裏手の中庭で子供が泣き叫んだり、町内会のお世話役の方が声をかけて回っている声が響いてきた。


外階段を下りて駐車場に目をやればついさっきまで穏やかな光と風を浴びて美しく照り返していた新緑がそこいらじゅうに葉を撒きちらし、まるで台風の後のような光景になっている。テレビはこの間、緊急臨時ニュースになるようなこともなくあくまで、栃木で死者がでたこと、茨城で30棟が東海したことなどがテロップで流れていた。

私は、内心この状況に焦っていた。
ほんとうにこれで終わることができるのか。なぜ、みんなこんな恐ろしい光景を前に、これが日本神道の神の怒りなのだと感じとることができないのか!?
「これは当たり前のことじゃない!」わたしの心はつぶやいている。

日本にはつい昨年、東北大地震が起き1万人近い死者、行方不明者を出し、何万人もの人が被災者となったが、左翼政権が続く中、これで終わったとは決していえないだろう。

石原慎太郎都知事が、先の件を「天罰だ」と発言したらたちまち、バッシングにあい、訂正せざるをえなくなったが。それでもこの神の国は、地上で住まう人間がこの神の国、日本に信仰を取り戻し、国土を守る政権を奪取しない限りはこのような突然の雨風、氷、地震などを使って何らかの人間への気づきのメッセージを与えようとされるのではないだろうか。

私は身をもってそうした恐さを実感することがある。
自分自身への戒めでもあるが、自然の脅威は時に奢り高ぶる人間への警告へと変わることがあるのだ。

神社へ参るのも良いだろう。時には心を静めて柔らかな心を取り戻し、真なる自己との対話、心で繋がる仏神との対話を試みるもよいだろう。いずれにしろ何らかの形で、この国の人々は、これまでとは違うステージに一歩を踏み出さなくてはいけないのだ。変わらなくてはならないことがあるのだ。

来月は、宗教法人幸福の科学から「ファイナル・ジャッジメント」と題する映画が公開になるが、実際、人間は神に試しを与え、真実の自己と対面させるため時に厳しい選択を迫ることがある。

私自身も多分に漏れず、試されている一人である。
この現実を、今日の天の怒りのような天候を受けとめ、心を新たに引き締めていきたい。

今日GWの最後、今後の日本を占う意味でも大きな衝撃を与えた天変地異のひとつであったように思う。一人ひとりの心の素直さ、善なる心が試されている。

2012年5月4日金曜日

仏・サルコジ大統領VSオランド候補討論に観る日本のゆくえ

昨日あたりから日本でもフランス大統領候補の討論会の様子が断片的に紹介されている。

オランド候補は最大野党社会党の党首でいわば左派にあたるわけだが主張が面白い。 

ユーロ危機等の経済問題を抱えるサルコジ大統領が緊縮財政による財政再建を訴えれば、左派で雇用対策や社会保障の充実を主張するオランド候補が「緊縮財政だけでは景気は回復することはできない。成長戦略を盛り込むべきだ」と反論する。確かに西側のコンサバティブの経済評論家や保守政治家層ならいいそうな発言だが、緊縮財政花盛りのヨーロッパで、しかも、左派の党首がそうした発言をするのは少し面白い。

また、フランスといえば原発を120機も保有しているといわれるが、やはり原発は国の財産なのだ。

サルコジ大統領は、最後懸命に原発の必要性を訴え、古くなった原発も『フランスの原発は最高水準にある。日本の福島は地震ではなく、津波によって冷却装置が直撃されたのであって原発自体に問題があるわけではない。フランスでは津波が起こりようがない」と熱弁を振るった。この討論番組を一部報道した朝日では、古館伊知郎アナによって、「勝手なことばかりお互いに言ってる感じがする。福島の原発も地震によって亀裂が入った可能性があることが噂されている」と、一蹴した。

しかし、日本のマスコミはこぞって原発反対を訴え、その理由をさもありなんとくっつけてくるのだが、まっこうから原発を国にとって必要なエネルギーとして持論を力強く展開したサルコジ大統領の熱意をみならってもらいたいとさえ思う。何ら論理性を持って実証されていない『原発=危険』の図式を繰り返し、国民の不安を煽るだけで何ら国益に資することのない不毛な発信といえるのだ。

左派の社会党でも国家の実益を考え、「緊縮財政だけでは国が富むことはない」と積極的に成長戦略を取り入れようとするフランス次期大統領候補。『フランスの原発技術は最高峰だ』として国家の基幹産業を守ろうとする現役フランス大統領。

どちらも各政策においては違った顔を持つが、それでも日本のようなどちらともつかないような政策論争、主体が何なのかさえ分からない日本の政争の愚とは明らかに違う。
日本のマスコミも政治家も虚心坦懐に日本の未来にとって何が国益に叶うことなのか、何を守れば政治家として、日本のマスコミとして使命を果たしたといえるか、もう一度、真摯に問うべきではないだろうか。

今、日本の産業問題も原発を含め、もう一歩踏み込んだ国家議論が必要ではないか。日本の、日本人による成熟した、国益についての発展的議論を切望するものである。