今年、日本人物理学者、科学者による(受賞は最後とも揶揄される)ノーベル賞の受賞が相次いだ。しかし、その影でノーベル平和賞はこのところ政治色の色合いが強い。ノーベル平和賞受賞からは今の世界の縮図、そして未来図が読み取れるのではないか。
昨年は、”未だ何もやっていない”オバマが核廃絶を唱えたとして平和賞を受賞した。
要するに今後の軍事大国アメリカの在り方を問う、ということであったと思うが、と同時に、世界に「世界の警察としてのアメリカ」の役割を終えようとしていることを意味付けられた。
そして、今年12月10日、中国で国家政権転覆罪で懲役11年の刑を受けている劉暁波氏の受賞。受賞式は、本人不在のまま特別な演出によって行われるのだという。そして中国の圧力。
劉氏の受賞に対して、あまりにも大国としては大人げない前時代的な行動をとり続ける中国共産党。いま、中国は、世界中華帝国を目指して、その経済力と軍事力を盾に大きな戦略の元に国家運営をしている。
本来なら国家として国民総出で祝福すべきノーベル平和賞受賞の輩出を、報道させず、また(12月9日の産經新聞出)中国による各国への授賞式出席を見送るようにとした圧力に屈し、これまで中国をはじめ、ロシア、パキスタン、アフガニスタン、イラク、イラン、サウジアラビア、エジプト、スーダン、キューバ、ベネズエラ、ベトナム、フィリピン、カザフスタン、ウクライナ、チェニジア、モロッコ、セルビア、コロンビアなど19カ国が授賞式欠席する見通しだそうだ。
誠に残念至極といわざるを得ない、国際社会の由々しき問題である。これら中国の圧力に屈した国々には、中国との関係性において、人権や自由よりも優先しなくてはならない目先の利益誘導が働いていることは間違いないことだろう。
しかし、大中華帝国主義が復権しつつある今、こうした国々は、唯物論(共産主義)国家に加担し、その手を染めて、19世紀から20世紀に賭けて繁栄を謳歌した民主主義を終焉に向わせているということを恐れなくてはならない。
あまりにも経済発展し、軍事的優位に立った虚像国家が向う先は、人類のあまりにも苦しい時代に突入することを意味している。生来の自由性を奪われ、人権(人間が神によって作られたるものであることの証)剥奪による恐怖が世界を覆うことが予想される。
このまま日本も国家としての方向性を見失い、同盟国アメリカの威信が損なわれれば、来るべき人類の未来はこれまではまったく異なる世界へと誘われることになるだろう。自由を奪われ支配される存在へと民主主義国家は向っていくのか、それとも新しい価値観の創造により、真なる繁栄大国として日本が成長し、民主主義を標榜する国々と手を携え、明るい宇宙時代を迎えようとするのか、今、人類は二つの選択肢の前に立たされている。
自由と繁栄主義を選びとる、勝ち取る未来は、決して安穏している日々の中には訪れないはしないことを肝に銘じたい。
日本の国難を憂える一市民です。 仕事は執筆業、撮影を生業にしています。 まともなことをまともにいえる(これは保守政権への奪還を目指すものです)日本にしていきたいですね。 マスコミによる国民コントロール、売国奴から日本を守りたい!その一心でブログを書き綴ります。夢のある未来を築いていきましょう!
2010年12月9日木曜日
2010年10月31日日曜日
日本を憂う
先日(10月26日午後)、櫻井よしこ氏が理事長を務める国家基本問題研究所の「会員の集い」なるものに出席した。
なるものというのは、私自身がまだこの国家基本問題研究所(略称:国家研)の会員に登録していないためだ。その内というかいつなっても構わないのだが、一応、10月28日の会が私にとっては、ファーストコンタクトとなった。
終始気高いオーラを放ち続ける櫻井よしこ氏自らが司会を務められ、登壇者の間にコメントを挟みながらの進行だった。登壇者は、櫻井よしこ氏の他、北村稔京都大学文学部史学科教授と、杏林大学名誉教授の田久保忠衛氏、民主討議員で前防衛大臣政務官の長島昭久氏の4名だ。最後の方に、自民党の若手議員の主賓席側からの短い(3分程度)スピーチがあったが、メインは上記4名である。
私もこの国家基本問題というものには常日頃関心を寄せているのだが、いかんせん力不足でジャーナリストとしてもまだまだ政治的発言力が低い立場にある。
そこで既に力を蓄えられている国家研や櫻井さんのようなジャーナリストと親交を深めさせて頂き、活動の場を増やしたいと願っての参加ではあったが、しかし、実際に参加してみると向学になったのはいうまでもないが、参加者の年齢層の高さに驚いた。
実際に開始ぎりぎりで駆け込んでみると、(鶴の間の恐らくニューオータニで最も広い会場ではないだろか)演台の櫻井さんが米粒は大げさだが、かなり小さくにしか見えない。それほど大きなスペースに椅子と机がぎっしりと並べられているのだが、見渡す限り、年配、高齢者なのだ。明らかに戦争体験を子供の頃にしている、もしくは戦争に出陣した経験があるのではとおぼしき方々が多数を占める集まりなのだ。
若くて40代、50代くらいの方も見かけなくはなかったが、恐らくこの時のお集りの方々の平均年齢は、75歳くらいであったのではないだろうか。
賢明な読者の皆さまは、ブログのタイトルとここまでの話で何をいわんとしているかお気づきのことと思われるが、まさしく国家の問題に真っ正面から向き合わんとする会合に積極的に出かけてこられる方々が戦争世代であり、日本の行く末を案じておられるのは最もだが、働き盛りの世代はもとより、若者影が一切見受けられないことへの危惧、いや、その事自体恐ろしく憂いそのものを痛感したのである。
ふーっと、思わずため息をその場でつきそうになる私であったが、まあ、救われたのは、思いの他、党を離れた場では、前出の長島昭久氏(民主)がまともなことをいう、本気で日本の国益をことを考えていらっしゃる御人であったことが判明したことだ。まあ、個人としてはそうなんだろうし、極左以外の政治家は。
長島氏の言葉で印象に残ったのは、「もはや民主党政権が悪いというだけの話ではなくて、日本の安全保障の問題は、国民的議論にしていかなくてはならない。日本の仕組みそのものを変えていかなくてはならない」と発言したことだ。
私は、その時「また、菅さんに遠慮して」、「やっぱり民主党員だな」というようなことが一瞬頭によぎったものの、今日の日本政治、対中国の在り方を静かに思い起こした時、まさしく、くしくもこの民主党議員の長島氏のいわれたことが本当に物事の本質なのだという思いに駆られた。これは日本国全体の行く末を決める大きな大きな報告転換を求められる事態なのだ。
最後に櫻井よしこ氏は「民主党政権ではこの国難を乗り切れない、ということを結論として締めくくりたいと思います」とおっしゃっていたが、まさしく「政権交代」も辞さず、迅速に国際情勢に対応していかなくてはならない待った無しの状態でもある。
しかし、今日のNHKの朝の「討論番組」をみていても本音を言える政治家は誰一人としていなかった。日本の国益について、対中国政策としての国防について、誰も何もいわない。政治家のお得意な「きっちりと国際社会に訴える」「しっかりと中国問題を対応する」は何を?『何をどうやって?』
今は、総論、総花的な話をしている時ではない。どの党もサラリーマン的に角の立たない発言に注力している。
しかし、今は、早急な具体策を求めているのだ。国家としての戦略を、対中、対米戦略を。国家の根幹を揺るがすこの領土問題に対して、どう自衛権、防衛権を駆使し、中国からもロシアからも、また米国との防衛関係をどう日本は国家として位置づけていくのか、その道筋を、シナリオをこそ作っていかなくてはならないのだ。
日本の将来に渡って国益を確保するのが政治家の仕事ではないか。
そんな当然のことを選挙受けが悪いからとTVメディアで語ることを恐れる政治家を日本の代表のように意見を求めるメディアはもっと根本的な意味の悪である。
日本人の政治への無関心、本音の議論を閉ざす風潮を作り上げたのは他でもない、大マスコミと保身のみで政治活動を行ってきた戦後から脈々と続く政治家たちの責任だ。
これに異論を唱える政治家がいたならば、大手マスコミがいたならば立ち上がって堂々と今こそ本音を主張せよ、と申し上げたい。フリーのジャーナリスト、そして心あるこの問題に対して日本国を憂えている人々を能動的に巻き込んで、今こそ日本の進むべき道、国家を守るということにいて”議論の旋風”を巻き起こすべき時である。
なるものというのは、私自身がまだこの国家基本問題研究所(略称:国家研)の会員に登録していないためだ。その内というかいつなっても構わないのだが、一応、10月28日の会が私にとっては、ファーストコンタクトとなった。
終始気高いオーラを放ち続ける櫻井よしこ氏自らが司会を務められ、登壇者の間にコメントを挟みながらの進行だった。登壇者は、櫻井よしこ氏の他、北村稔京都大学文学部史学科教授と、杏林大学名誉教授の田久保忠衛氏、民主討議員で前防衛大臣政務官の長島昭久氏の4名だ。最後の方に、自民党の若手議員の主賓席側からの短い(3分程度)スピーチがあったが、メインは上記4名である。
私もこの国家基本問題というものには常日頃関心を寄せているのだが、いかんせん力不足でジャーナリストとしてもまだまだ政治的発言力が低い立場にある。
そこで既に力を蓄えられている国家研や櫻井さんのようなジャーナリストと親交を深めさせて頂き、活動の場を増やしたいと願っての参加ではあったが、しかし、実際に参加してみると向学になったのはいうまでもないが、参加者の年齢層の高さに驚いた。
実際に開始ぎりぎりで駆け込んでみると、(鶴の間の恐らくニューオータニで最も広い会場ではないだろか)演台の櫻井さんが米粒は大げさだが、かなり小さくにしか見えない。それほど大きなスペースに椅子と机がぎっしりと並べられているのだが、見渡す限り、年配、高齢者なのだ。明らかに戦争体験を子供の頃にしている、もしくは戦争に出陣した経験があるのではとおぼしき方々が多数を占める集まりなのだ。
若くて40代、50代くらいの方も見かけなくはなかったが、恐らくこの時のお集りの方々の平均年齢は、75歳くらいであったのではないだろうか。
賢明な読者の皆さまは、ブログのタイトルとここまでの話で何をいわんとしているかお気づきのことと思われるが、まさしく国家の問題に真っ正面から向き合わんとする会合に積極的に出かけてこられる方々が戦争世代であり、日本の行く末を案じておられるのは最もだが、働き盛りの世代はもとより、若者影が一切見受けられないことへの危惧、いや、その事自体恐ろしく憂いそのものを痛感したのである。
ふーっと、思わずため息をその場でつきそうになる私であったが、まあ、救われたのは、思いの他、党を離れた場では、前出の長島昭久氏(民主)がまともなことをいう、本気で日本の国益をことを考えていらっしゃる御人であったことが判明したことだ。まあ、個人としてはそうなんだろうし、極左以外の政治家は。
長島氏の言葉で印象に残ったのは、「もはや民主党政権が悪いというだけの話ではなくて、日本の安全保障の問題は、国民的議論にしていかなくてはならない。日本の仕組みそのものを変えていかなくてはならない」と発言したことだ。
私は、その時「また、菅さんに遠慮して」、「やっぱり民主党員だな」というようなことが一瞬頭によぎったものの、今日の日本政治、対中国の在り方を静かに思い起こした時、まさしく、くしくもこの民主党議員の長島氏のいわれたことが本当に物事の本質なのだという思いに駆られた。これは日本国全体の行く末を決める大きな大きな報告転換を求められる事態なのだ。
最後に櫻井よしこ氏は「民主党政権ではこの国難を乗り切れない、ということを結論として締めくくりたいと思います」とおっしゃっていたが、まさしく「政権交代」も辞さず、迅速に国際情勢に対応していかなくてはならない待った無しの状態でもある。
しかし、今日のNHKの朝の「討論番組」をみていても本音を言える政治家は誰一人としていなかった。日本の国益について、対中国政策としての国防について、誰も何もいわない。政治家のお得意な「きっちりと国際社会に訴える」「しっかりと中国問題を対応する」は何を?『何をどうやって?』
今は、総論、総花的な話をしている時ではない。どの党もサラリーマン的に角の立たない発言に注力している。
しかし、今は、早急な具体策を求めているのだ。国家としての戦略を、対中、対米戦略を。国家の根幹を揺るがすこの領土問題に対して、どう自衛権、防衛権を駆使し、中国からもロシアからも、また米国との防衛関係をどう日本は国家として位置づけていくのか、その道筋を、シナリオをこそ作っていかなくてはならないのだ。
日本の将来に渡って国益を確保するのが政治家の仕事ではないか。
そんな当然のことを選挙受けが悪いからとTVメディアで語ることを恐れる政治家を日本の代表のように意見を求めるメディアはもっと根本的な意味の悪である。
日本人の政治への無関心、本音の議論を閉ざす風潮を作り上げたのは他でもない、大マスコミと保身のみで政治活動を行ってきた戦後から脈々と続く政治家たちの責任だ。
これに異論を唱える政治家がいたならば、大手マスコミがいたならば立ち上がって堂々と今こそ本音を主張せよ、と申し上げたい。フリーのジャーナリスト、そして心あるこの問題に対して日本国を憂えている人々を能動的に巻き込んで、今こそ日本の進むべき道、国家を守るということにいて”議論の旋風”を巻き起こすべき時である。
2010年9月25日土曜日
空しい戦い(日本VS中国 尖閣諸問題)
今回の尖閣諸島問題くらい空しい国家間vsもないだろう。
以前小泉内閣の時にも中国船の領海侵犯があったけれど、”国外追放”という手段を取って、あえて中国と争わず、相手を無視してみせることで事なきを得たことがあった。(その影では中国の主権拡張が広がったが…)
日本の自衛隊法及び自衛権の改正など周辺状況が整っていなければ正直言って日本の国内法に則って戦いようがないのだ。
小泉さんはその辺したたかだったと思う。
しかし、それもやはり通用するのは一度位でその場凌ぎの策にしか過ぎないのは読者賢者の皆さんが知るところだろうと思う。
しかし、今回、民主政権の危うさが露呈されることになったのは、内閣改造があって、外交通とされる前原大臣が就任したこともあってか、表向き始動において戦う姿勢をみせたことからだ。
戦える土壌がないのにも関わらず、だ。
「いったい政府はどうやってこの問題を解決に導くのか、中国を怒らせて日本にとってどんな解決法があるというのだろうか」私の素朴な疑問はここにあった。けんかを仕掛けるのか簡単だけど、しかし勝てる目算はあるのか?ということだ。
こうしたディープな問題、とりわけ国家主権をかけて戦うときには万難を排して、決死の覚悟で戦う決意があるのかどうか、真剣にして慎重に内閣揚げて検討しなくてはならないだろう。国家総出で、自衛隊法を改正してまで戦う気概があるのかということをいっているのだ。そこまでの道筋を菅内閣は考えておられただろうか?
前原大臣、一体あなたはどうお考えでしたか?
そんなに簡単に中国をそしる余裕が今の日本国内にはあるのでしょうか?議論していますか?国防問題、日頃から、日本人は危機感感じていますか?朝鮮半島、台湾問題、尖閣諸島問題。いったん、パンドラの箱を開けたら大変、でっせ。
ええ、あなた方現菅政権に戦う気概が、とことんあるなら私は何も言いません。応援しまっせ。けれど、中途半端に相手を攻撃しておいて舌の根も乾かぬうちに、その矛先を引っ込めて「領海犯を何の取引もせずにただで開放してやる」なんていうのは、一番みっともない戦略性のない手法やで。
一番脳のない解決手法や。(あっ、なぜか関西弁になってきた、地がでてしまうわ)
それはそれはおこちゃまでしたな、未熟でしたわ。
コレにはいくら極左政権に鈍い国民でもちと口をあんぐりさせたんと違いますか?
左派のマスコミですら、ニュースで最低限の情報は伝えようとしているのは見て取れる。
しかし沖縄地検には驚いたわ。
あんな国益を放棄する、大胆な発言をよく一地方公務員が口に出せるもんだな。国家公務員だったかどうかは知らんけど。
よくもこんな大それたことを一地検にいわせるなんて、あんた仙谷の阿波狸さんよ、一体どうなっとるんだい、あんたの頭んなか?影の総理よろしく極左の腕を持ってした解決策がこれですか?
日本の国益のために生命を賭すことが出来ない政治家には即刻退場頂くことを祈るばかりだが、日本の国難はこれからはじまったばかりだ。
以前小泉内閣の時にも中国船の領海侵犯があったけれど、”国外追放”という手段を取って、あえて中国と争わず、相手を無視してみせることで事なきを得たことがあった。(その影では中国の主権拡張が広がったが…)
日本の自衛隊法及び自衛権の改正など周辺状況が整っていなければ正直言って日本の国内法に則って戦いようがないのだ。
小泉さんはその辺したたかだったと思う。
しかし、それもやはり通用するのは一度位でその場凌ぎの策にしか過ぎないのは読者賢者の皆さんが知るところだろうと思う。
しかし、今回、民主政権の危うさが露呈されることになったのは、内閣改造があって、外交通とされる前原大臣が就任したこともあってか、表向き始動において戦う姿勢をみせたことからだ。
戦える土壌がないのにも関わらず、だ。
「いったい政府はどうやってこの問題を解決に導くのか、中国を怒らせて日本にとってどんな解決法があるというのだろうか」私の素朴な疑問はここにあった。けんかを仕掛けるのか簡単だけど、しかし勝てる目算はあるのか?ということだ。
こうしたディープな問題、とりわけ国家主権をかけて戦うときには万難を排して、決死の覚悟で戦う決意があるのかどうか、真剣にして慎重に内閣揚げて検討しなくてはならないだろう。国家総出で、自衛隊法を改正してまで戦う気概があるのかということをいっているのだ。そこまでの道筋を菅内閣は考えておられただろうか?
前原大臣、一体あなたはどうお考えでしたか?
そんなに簡単に中国をそしる余裕が今の日本国内にはあるのでしょうか?議論していますか?国防問題、日頃から、日本人は危機感感じていますか?朝鮮半島、台湾問題、尖閣諸島問題。いったん、パンドラの箱を開けたら大変、でっせ。
ええ、あなた方現菅政権に戦う気概が、とことんあるなら私は何も言いません。応援しまっせ。けれど、中途半端に相手を攻撃しておいて舌の根も乾かぬうちに、その矛先を引っ込めて「領海犯を何の取引もせずにただで開放してやる」なんていうのは、一番みっともない戦略性のない手法やで。
一番脳のない解決手法や。(あっ、なぜか関西弁になってきた、地がでてしまうわ)
それはそれはおこちゃまでしたな、未熟でしたわ。
コレにはいくら極左政権に鈍い国民でもちと口をあんぐりさせたんと違いますか?
左派のマスコミですら、ニュースで最低限の情報は伝えようとしているのは見て取れる。
しかし沖縄地検には驚いたわ。
あんな国益を放棄する、大胆な発言をよく一地方公務員が口に出せるもんだな。国家公務員だったかどうかは知らんけど。
よくもこんな大それたことを一地検にいわせるなんて、あんた仙谷の阿波狸さんよ、一体どうなっとるんだい、あんたの頭んなか?影の総理よろしく極左の腕を持ってした解決策がこれですか?
日本の国益のために生命を賭すことが出来ない政治家には即刻退場頂くことを祈るばかりだが、日本の国難はこれからはじまったばかりだ。
2010年8月27日金曜日
誕生日を迎えました(私の予感)
いやはやこの歳にして誕生日も何もあったものではないですが、しかし、この世に生を受けた事実を、その逃れようのない事実にいやが応にも向き合わざるを得ない1両日であるように思うのです。
8月後半になり、にわかに身辺が慌ただしくなり始めました。
何かがきっといま、動き出しているのです。きっと、それは良い方向に。
そして「変われ」といわれているのは、私だけではなくもちろんこの国の同胞、21世紀の地球に生きるすべての民族、すべての国の国民がメッセージを受けているように思うのです。きっと、私だけが受け取っているメッセージではないと思います。
ああ、そうそう、今年に入り頻繁に宇宙からのコンタクトや、アブダクションの解明も進みました。実際に30年ももっと以前からあったことではありますが…。霊界通信できる偉大な魂の肉体を通じて、宇宙人の魂を持つ方のリーディングもなされましたね。幸福の科学総裁大川隆法(エル・カンターレ)によって。これはもうとにかくすごいことが起きているってことですね。
つまりは、目先のことだけしか考えていない方には分かりづらいことと思いますが、「聖なる使命を持つ人間は目覚めていなさい」ということでしょう。
つまりは、人類の創世記にあたることが起きているといっても過言ではないと思うのです。
このブログを読んだ皆さんも目覚められるように、私自身の魂もいま、大きく覚醒しようとしています。これまでの過去を振り払い、何か大きな海洋に船出しようとしている感じがひしひしとしているのです。これを決して無視できませんね。自然体でありのままにこの感覚を受け止め、生き方を見つめ直す時にきているのだと思います。
何か無理にというよりも、宇宙人にアブダクションされた記憶が少しずつ蘇り始めたような感覚で。もともとあったものを「常識的ではない」と、記憶の奥に閉じ込め封印されていたものを必要があって、いまの人類の進化に、目覚めさせようとしている感じがするのです。
(抽象的ですみませんね)
でもいま、いえることは「私たちは時代の要請があって生まれた」ということだけです。
現在、「日いずる国が日沈む国になろうとしている」などと海外メディアでGDPの件で揶揄されていますが、これで終わるわけがありませんね。使命のある日本が。日本人が。この国は神様の国ですから、何といっても。どれだけ大きく考えても、大きすぎることはない程、大きな使命を抱えているのです。ぜひ、そう信じて下さい。
そして、深淵なる目的と使命を持った国民が集合想念を持ち同時代に生まれたのです。
私にも分からない計り知れない変化がこの国に、この星に迫って来ているのではないかということだけはいえると思います。もう少々お待ち下さいね。真実が明らかにされる日まで。
そして、私自身、これからはかつてない程のスケールでダイバーシティー「多様性の甘受」を体験してみたいと思います。自らの心の内にぜひともその機会を与えたいと願っています。そして、これからはいままでとは異なった心象を発見し、楽しんでみたいと思います。
きっと新たな運命を生き始めますね。
愛すべき皆さんの人生もきっとこれからが本番ですよ。
これからを楽しみに過ごしていきましょうね。
8月後半になり、にわかに身辺が慌ただしくなり始めました。
何かがきっといま、動き出しているのです。きっと、それは良い方向に。
そして「変われ」といわれているのは、私だけではなくもちろんこの国の同胞、21世紀の地球に生きるすべての民族、すべての国の国民がメッセージを受けているように思うのです。きっと、私だけが受け取っているメッセージではないと思います。
ああ、そうそう、今年に入り頻繁に宇宙からのコンタクトや、アブダクションの解明も進みました。実際に30年ももっと以前からあったことではありますが…。霊界通信できる偉大な魂の肉体を通じて、宇宙人の魂を持つ方のリーディングもなされましたね。幸福の科学総裁大川隆法(エル・カンターレ)によって。これはもうとにかくすごいことが起きているってことですね。
つまりは、目先のことだけしか考えていない方には分かりづらいことと思いますが、「聖なる使命を持つ人間は目覚めていなさい」ということでしょう。
つまりは、人類の創世記にあたることが起きているといっても過言ではないと思うのです。
このブログを読んだ皆さんも目覚められるように、私自身の魂もいま、大きく覚醒しようとしています。これまでの過去を振り払い、何か大きな海洋に船出しようとしている感じがひしひしとしているのです。これを決して無視できませんね。自然体でありのままにこの感覚を受け止め、生き方を見つめ直す時にきているのだと思います。
何か無理にというよりも、宇宙人にアブダクションされた記憶が少しずつ蘇り始めたような感覚で。もともとあったものを「常識的ではない」と、記憶の奥に閉じ込め封印されていたものを必要があって、いまの人類の進化に、目覚めさせようとしている感じがするのです。
(抽象的ですみませんね)
でもいま、いえることは「私たちは時代の要請があって生まれた」ということだけです。
現在、「日いずる国が日沈む国になろうとしている」などと海外メディアでGDPの件で揶揄されていますが、これで終わるわけがありませんね。使命のある日本が。日本人が。この国は神様の国ですから、何といっても。どれだけ大きく考えても、大きすぎることはない程、大きな使命を抱えているのです。ぜひ、そう信じて下さい。
そして、深淵なる目的と使命を持った国民が集合想念を持ち同時代に生まれたのです。
私にも分からない計り知れない変化がこの国に、この星に迫って来ているのではないかということだけはいえると思います。もう少々お待ち下さいね。真実が明らかにされる日まで。
そして、私自身、これからはかつてない程のスケールでダイバーシティー「多様性の甘受」を体験してみたいと思います。自らの心の内にぜひともその機会を与えたいと願っています。そして、これからはいままでとは異なった心象を発見し、楽しんでみたいと思います。
きっと新たな運命を生き始めますね。
愛すべき皆さんの人生もきっとこれからが本番ですよ。
これからを楽しみに過ごしていきましょうね。
2010年8月15日日曜日
戦後65年を迎えて(2010年8月15日)
本来なら戦後65年の節目の年として、日韓併合100年という歴史を俯瞰して、時の政府は、新たな「歴史認識」を発表しなくてはなならない時にきているのだと思う。未だ日本では正統な議論がなされることのないままこの時を迎えてしまったが。
私自身は、戦前生まれの両親のもとで育てられ、祖父母が戦時中にどのように地域社会の中で尽くしてきたかということを母親から子供時代に聞かされたこともあった。13歳の頃にはヒロシマ原爆記念館を家族で訪れ、戦争で亡くなった罪のない人々の痛みにも触れ、そのときの戦争を憎んだ気持ち、衝撃は忘れることはない。
しかし、今日のマスコミを始めとする一般的な「日本が犯した戦争」と位置づけられる戦争懺悔論には違和感を憶えずにはいられない。そもそも日本人が侵略行為を行ったとして、「アジアの方々に多大な迷惑をかけた」というのが極左政府の見解であるようだが、果たしてそうだろうか。
日本人が満州へ、現在の台湾へ。そして朝鮮半島へ。日本からも労働力として日本の人材を送り込みインフラを整え、学校を創設したからこそ、当時の国の生活が向上した。そして、イギリスやフランスに統治されていたインド、ベトナム、カンボジアのようなアジアの国々を開放し、これ以上アジア諸外国を蹂躙されないためには、アジアから大国が出る必要があったのではないでしょうか?
先の戦争に対して、私の両親や周囲の大人が総括するような、個人的見解を述べるようなことはなかったけれど、ある種、保守派である我が家では、「戦争を起こした日本は悪」「日本人が悪い」というような単純な議論にはならなかった。
それよりも無言の内に、先の戦争でお国のために、天皇陛下のために自らを犠牲にして今日の日本の繁栄の礎を築かれて先祖に対する哀悼の思い、尊崇の思いのようなものを肌身で感じられるような家庭教育がそこにはあったような気がするのだ。
私の両親は信仰深いひとたちであったし、起業もしていて働きものであった。
戦争そのものも「誰かのせい」にするような風潮もなく、かといって礼賛することもなく、ただただ先人の苦労を思い、祖父母や日本人という勤勉に努力し、義を重んずる民族に生まれたことを感謝するような思いを手向けていたように思うのだ。
さて、いまの時代はどうであろうか。
終戦65年を迎えて、戦後生まれの人が8割を超えたというが、日本がアメリカと戦い、その結果、敗戦を迎えたものの、それによって今日の繁栄を手にいれたという真実を知らない若もの世代、親から戦争の話を聞かなかった若い世代が圧倒的に増えているのではないだろうか。
若者に限らず、団塊世代の「日本の戦時教育が悪かった」として自信を根こそぎはぎ取られ、左傾化した世代は、日本の戦後をどう見ているだろうか。家庭ごとに両親から受け継がれた教育は異なるものではあるだろうが、どうも談話と称して、現政権が、朝鮮半島への謝罪を繰り返している状況を見ると、これは総じて日本の戦後史観が正しく論じられることなく今日を迎えてしまったことであり、それに対して危惧を感じざるを得ないのだ。
昭和40年代生まれの私が、それより上の世代のことを論じるにははばかられるものがあるが、それでも真実と思われることを語り続けなくてはなるまい。
本日も某番組でNHK出身の人気ジャーナリストによる戦後を語る特別番組が組まれているが、その番組にゲストとして出演していた女優が番宣で「日本人がまた戦争を繰り返さないという自信が私には持てなくなりました。過去の過ちを繰り返す可能性がないだろうか」というようなことを堂々と発言していた。
これは思想的にいえば左翼発言ということになるだろうが、決して本人にリベラルの意識があっての発言ではないかもしれない。あくまで個人的な番組に出演しての雑感を述べたものであるだろうがそれでも彼女の言葉の真意を解説すれば、「私たちの先祖は第二次世界大戦という過ちを犯したのだ。」「日本人は過去間違いを犯した民族なのだから、また今を生きる私たちも過ちを犯しかねない」ということをいっているのだ。
果たしてそうなのか。前述したことと繰り返しになるが、それはあなたの戦後受けた左傾教育がそういわしてめているのではないか。
本当に日本が世界大戦を戦った理由とは?
そして日本人が生命を賭けてお国のために、愛する祖国、そして愛する人々を守るために戦った理由が果たして分かるのだろうか?
私はこの国を思い、その尊い生命を散らしていった先祖を思う時、決して安易な戦争反対論を唱え、日本を骨抜きの国にしてはならないと思う。
いつか堂々と戦争責任論を日本人の口で語り、そして日本の本当の意味でのリーダーシップによって諸外国を幸福にしていきたいと思うのです。
私自身は、戦前生まれの両親のもとで育てられ、祖父母が戦時中にどのように地域社会の中で尽くしてきたかということを母親から子供時代に聞かされたこともあった。13歳の頃にはヒロシマ原爆記念館を家族で訪れ、戦争で亡くなった罪のない人々の痛みにも触れ、そのときの戦争を憎んだ気持ち、衝撃は忘れることはない。
しかし、今日のマスコミを始めとする一般的な「日本が犯した戦争」と位置づけられる戦争懺悔論には違和感を憶えずにはいられない。そもそも日本人が侵略行為を行ったとして、「アジアの方々に多大な迷惑をかけた」というのが極左政府の見解であるようだが、果たしてそうだろうか。
日本人が満州へ、現在の台湾へ。そして朝鮮半島へ。日本からも労働力として日本の人材を送り込みインフラを整え、学校を創設したからこそ、当時の国の生活が向上した。そして、イギリスやフランスに統治されていたインド、ベトナム、カンボジアのようなアジアの国々を開放し、これ以上アジア諸外国を蹂躙されないためには、アジアから大国が出る必要があったのではないでしょうか?
先の戦争に対して、私の両親や周囲の大人が総括するような、個人的見解を述べるようなことはなかったけれど、ある種、保守派である我が家では、「戦争を起こした日本は悪」「日本人が悪い」というような単純な議論にはならなかった。
それよりも無言の内に、先の戦争でお国のために、天皇陛下のために自らを犠牲にして今日の日本の繁栄の礎を築かれて先祖に対する哀悼の思い、尊崇の思いのようなものを肌身で感じられるような家庭教育がそこにはあったような気がするのだ。
私の両親は信仰深いひとたちであったし、起業もしていて働きものであった。
戦争そのものも「誰かのせい」にするような風潮もなく、かといって礼賛することもなく、ただただ先人の苦労を思い、祖父母や日本人という勤勉に努力し、義を重んずる民族に生まれたことを感謝するような思いを手向けていたように思うのだ。
さて、いまの時代はどうであろうか。
終戦65年を迎えて、戦後生まれの人が8割を超えたというが、日本がアメリカと戦い、その結果、敗戦を迎えたものの、それによって今日の繁栄を手にいれたという真実を知らない若もの世代、親から戦争の話を聞かなかった若い世代が圧倒的に増えているのではないだろうか。
若者に限らず、団塊世代の「日本の戦時教育が悪かった」として自信を根こそぎはぎ取られ、左傾化した世代は、日本の戦後をどう見ているだろうか。家庭ごとに両親から受け継がれた教育は異なるものではあるだろうが、どうも談話と称して、現政権が、朝鮮半島への謝罪を繰り返している状況を見ると、これは総じて日本の戦後史観が正しく論じられることなく今日を迎えてしまったことであり、それに対して危惧を感じざるを得ないのだ。
昭和40年代生まれの私が、それより上の世代のことを論じるにははばかられるものがあるが、それでも真実と思われることを語り続けなくてはなるまい。
本日も某番組でNHK出身の人気ジャーナリストによる戦後を語る特別番組が組まれているが、その番組にゲストとして出演していた女優が番宣で「日本人がまた戦争を繰り返さないという自信が私には持てなくなりました。過去の過ちを繰り返す可能性がないだろうか」というようなことを堂々と発言していた。
これは思想的にいえば左翼発言ということになるだろうが、決して本人にリベラルの意識があっての発言ではないかもしれない。あくまで個人的な番組に出演しての雑感を述べたものであるだろうがそれでも彼女の言葉の真意を解説すれば、「私たちの先祖は第二次世界大戦という過ちを犯したのだ。」「日本人は過去間違いを犯した民族なのだから、また今を生きる私たちも過ちを犯しかねない」ということをいっているのだ。
果たしてそうなのか。前述したことと繰り返しになるが、それはあなたの戦後受けた左傾教育がそういわしてめているのではないか。
本当に日本が世界大戦を戦った理由とは?
そして日本人が生命を賭けてお国のために、愛する祖国、そして愛する人々を守るために戦った理由が果たして分かるのだろうか?
私はこの国を思い、その尊い生命を散らしていった先祖を思う時、決して安易な戦争反対論を唱え、日本を骨抜きの国にしてはならないと思う。
いつか堂々と戦争責任論を日本人の口で語り、そして日本の本当の意味でのリーダーシップによって諸外国を幸福にしていきたいと思うのです。
2010年8月6日金曜日
8月6日 広島原爆投下の日に
8月6日8時15分。慎んで英霊の皆様に、日本国を支えて下さった先祖の皆様にご冥福をお祈りいたします。
今日は世界初の原爆投下から65周年を迎える日です。
65年とは実に歴史の重みを感じさせる歳月ではありませんか。
広島市内を歩けば過去のものとするには痛ましく、まだ時間が止まったようにさえ感じることでしょう。私が初めて広島原爆記念館を訪れたのは、小学校4年生の時でした。2泊3日の家族旅行でした。
両親は子供たちに原爆の実態を見せておくことが必要と考え、下の3人を連れて岡山方面の観光旅行から広島へと足を延ばしてくれました。
岡山から広島へ着く頃はなぜか居心地悪く、理由は分かりませんが父と母が車中で口喧嘩をしていたことが印象的でした。
楽しいはずの家族旅行がなぜか、広島へと近づく程に口が重くなり、私は幼少期からの敏感体質で、体がすっかり重たく何かを背負っているようにさえ感じていました。
そして、広島市内の原爆ドームへと向かう道すがら、当時、被爆した人皆川に飛び込んだという橋があって(橋の名前は今思い出せんが原爆ドームへ向かう途中に渡る橋です)その橋を渡る時に何とも重いものが肩にのしかかるようで、歩いても歩いても、この橋を渡り切ることができるのだろうかと、たかだが100メートル足らずの橋を背に思ったものでした。
自分でも不思議で、重いものから開放されたのか、宿泊する旅館についてからは、やたらとご飯が美味しかったことを憶えています。今までそんなにおかわりをしたことがなかったのですが、食べても食べてもお腹が満たされず、母親がびっくりするくらい三杯か四杯はおかわりしました。
きっと原爆ドームにいって、広島市街地を歩いて、成仏されていらっしゃらない英霊がたくさんおられたことと思います。その人たちの分も気づかず頂いてしまっていたのでしょうね。
原爆ドームの中では、最後の方にはたまらず「どうしてアメリカ人はこんなひどいことをしたの?」と母親に尋ねるふりをして、近くで真剣な眼差しで展示物を見ていたアメリカ人にわざと聞こえるように声を荒げたものでした。
月日が流れ、すっかり親米家となった私ですが、それでもあの時「子供の頃に原爆ドームを訪れたこと」、「広島の市街地を歩く」という経験をさせてもらったことは貴重な体験でした。原爆ドームを見たという事実は、私の人間形成に大きな影響を及ぼしたことでしょう。
そして今、世界は核兵器廃絶に向かって一歩を踏み出したかに見えるけれど、その前提にはもっと「Atomic Bom」=核兵器の恐さを世界中の人が知らなければならないと思うのです。
すべての日本国民が、そして世界中の人がこの悲惨な事実を受け止めなくては本当に広島の人たちが浮かばれることはないと…。
堪え難い苦しみと悲惨な光景が繰り広げられた場所、広島。人類が人類に対してこれほどの仕打ちが出来るだろうか、と「なぜ」「なぜ」と問い続けなくてはなならない場所。この事実こそが「ヒロシマ」の証であり、65年が経った今でも浮かばれえぬ人々の声なき声として私たちに語りかけてくるのです。ヒロシマは、人類にとって特別な場所です。
広島をまだ訪ねた事がない方がいたら、ぜひ、一度は訪ねてみて下さい。日本人として、その恩恵を受けた祖先として。私たちは過去を変えることはできませんが、その先祖の死を弔い、そして未来への祈りを捧げることは出来ると思うのです。
第二次世界大戦という時代を生きた日本人が、私たちの先祖がいたということを、私たちは決して忘れてはならないと思います。 二度とあってはならないこの日に。
今日は世界初の原爆投下から65周年を迎える日です。
65年とは実に歴史の重みを感じさせる歳月ではありませんか。
広島市内を歩けば過去のものとするには痛ましく、まだ時間が止まったようにさえ感じることでしょう。私が初めて広島原爆記念館を訪れたのは、小学校4年生の時でした。2泊3日の家族旅行でした。
両親は子供たちに原爆の実態を見せておくことが必要と考え、下の3人を連れて岡山方面の観光旅行から広島へと足を延ばしてくれました。
岡山から広島へ着く頃はなぜか居心地悪く、理由は分かりませんが父と母が車中で口喧嘩をしていたことが印象的でした。
楽しいはずの家族旅行がなぜか、広島へと近づく程に口が重くなり、私は幼少期からの敏感体質で、体がすっかり重たく何かを背負っているようにさえ感じていました。
そして、広島市内の原爆ドームへと向かう道すがら、当時、被爆した人皆川に飛び込んだという橋があって(橋の名前は今思い出せんが原爆ドームへ向かう途中に渡る橋です)その橋を渡る時に何とも重いものが肩にのしかかるようで、歩いても歩いても、この橋を渡り切ることができるのだろうかと、たかだが100メートル足らずの橋を背に思ったものでした。
自分でも不思議で、重いものから開放されたのか、宿泊する旅館についてからは、やたらとご飯が美味しかったことを憶えています。今までそんなにおかわりをしたことがなかったのですが、食べても食べてもお腹が満たされず、母親がびっくりするくらい三杯か四杯はおかわりしました。
きっと原爆ドームにいって、広島市街地を歩いて、成仏されていらっしゃらない英霊がたくさんおられたことと思います。その人たちの分も気づかず頂いてしまっていたのでしょうね。
原爆ドームの中では、最後の方にはたまらず「どうしてアメリカ人はこんなひどいことをしたの?」と母親に尋ねるふりをして、近くで真剣な眼差しで展示物を見ていたアメリカ人にわざと聞こえるように声を荒げたものでした。
月日が流れ、すっかり親米家となった私ですが、それでもあの時「子供の頃に原爆ドームを訪れたこと」、「広島の市街地を歩く」という経験をさせてもらったことは貴重な体験でした。原爆ドームを見たという事実は、私の人間形成に大きな影響を及ぼしたことでしょう。
そして今、世界は核兵器廃絶に向かって一歩を踏み出したかに見えるけれど、その前提にはもっと「Atomic Bom」=核兵器の恐さを世界中の人が知らなければならないと思うのです。
すべての日本国民が、そして世界中の人がこの悲惨な事実を受け止めなくては本当に広島の人たちが浮かばれることはないと…。
堪え難い苦しみと悲惨な光景が繰り広げられた場所、広島。人類が人類に対してこれほどの仕打ちが出来るだろうか、と「なぜ」「なぜ」と問い続けなくてはなならない場所。この事実こそが「ヒロシマ」の証であり、65年が経った今でも浮かばれえぬ人々の声なき声として私たちに語りかけてくるのです。ヒロシマは、人類にとって特別な場所です。
広島をまだ訪ねた事がない方がいたら、ぜひ、一度は訪ねてみて下さい。日本人として、その恩恵を受けた祖先として。私たちは過去を変えることはできませんが、その先祖の死を弔い、そして未来への祈りを捧げることは出来ると思うのです。
第二次世界大戦という時代を生きた日本人が、私たちの先祖がいたということを、私たちは決して忘れてはならないと思います。 二度とあってはならないこの日に。
2010年7月24日土曜日
またもや「朝まで生TV」をみるはめに
寝苦しい暑さが続く今日この頃、ついにまた「朝生」を観るはめに…。
でも今日のタイトルは、「激論!日本の若者」「目指すべき社会とは」だ。面白い。評論家のあー、名前忘れた。ドリームインキュベーターの堀さん、結構私の好きな評論家だ。しかしこの年寄り評論家に対して早稲田の教授、東浩紀(39)が吠えた。若者の心のつかめない堀氏に対して噛み付いたのだ…。ちょっとした決めつけの言葉にカチンときたみたいだったけど。
マジ切れに怒るtwitterフォロアーたちもいたけど、後で冷静になって自分の考えをまとめて「世代間の無理解、議論の平行線を解消しよう」と、とつとつと話た東教授はなかなか偉いと思った。
田原総一郎も自分が長くメディアに居座りすぎた「害悪」として認める発言もアリーの、「マスメディアは年寄りが多い」、という発言も飛び出して、なかなか面白い、これは。
この流れは社会全体の流れであるし、これから若者の逆襲は加速することだろう。
我々40代前半世代は、自称「若者」としてまだまだガンバりたいと思うけど、こういう若者バトル、実力が伴って、元気のいい20代、30代を応援したいと思う。
ー先ほどのtwitterでのつぶやきー
20代、30代の若い現論人、知識人、企業家うんとたくさん出て来てほしい。ホントに今、日本はぐちゃぐちゃで何でもありの時代だからこそ、今なら世代交代が出来る!我々40代も負けていられないけど、もう一花咲かせたいけど、頑張れ20代、30代、若者世代!!
そして、経済評論家の勝間さんも切れの良い、なかなかいえない日銀のデフレ問題をすっぱ抜いていいぞ!円高で何が悪いんだい。日本の経済価値が世界で認められているというのに、デフレ信奉者、テクニカルの間違い、政府の経済音痴、絶対そうだと思うよ、私も。
勝間さん、若者、期待してるぜい☆ おいらもガンバローッと。
でも今日のタイトルは、「激論!日本の若者」「目指すべき社会とは」だ。面白い。評論家のあー、名前忘れた。ドリームインキュベーターの堀さん、結構私の好きな評論家だ。しかしこの年寄り評論家に対して早稲田の教授、東浩紀(39)が吠えた。若者の心のつかめない堀氏に対して噛み付いたのだ…。ちょっとした決めつけの言葉にカチンときたみたいだったけど。
マジ切れに怒るtwitterフォロアーたちもいたけど、後で冷静になって自分の考えをまとめて「世代間の無理解、議論の平行線を解消しよう」と、とつとつと話た東教授はなかなか偉いと思った。
田原総一郎も自分が長くメディアに居座りすぎた「害悪」として認める発言もアリーの、「マスメディアは年寄りが多い」、という発言も飛び出して、なかなか面白い、これは。
この流れは社会全体の流れであるし、これから若者の逆襲は加速することだろう。
我々40代前半世代は、自称「若者」としてまだまだガンバりたいと思うけど、こういう若者バトル、実力が伴って、元気のいい20代、30代を応援したいと思う。
ー先ほどのtwitterでのつぶやきー
20代、30代の若い現論人、知識人、企業家うんとたくさん出て来てほしい。ホントに今、日本はぐちゃぐちゃで何でもありの時代だからこそ、今なら世代交代が出来る!我々40代も負けていられないけど、もう一花咲かせたいけど、頑張れ20代、30代、若者世代!!
そして、経済評論家の勝間さんも切れの良い、なかなかいえない日銀のデフレ問題をすっぱ抜いていいぞ!円高で何が悪いんだい。日本の経済価値が世界で認められているというのに、デフレ信奉者、テクニカルの間違い、政府の経済音痴、絶対そうだと思うよ、私も。
勝間さん、若者、期待してるぜい☆ おいらもガンバローッと。
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