2010年8月15日日曜日

戦後65年を迎えて(2010年8月15日)

本来なら戦後65年の節目の年として、日韓併合100年という歴史を俯瞰して、時の政府は、新たな「歴史認識」を発表しなくてはなならない時にきているのだと思う。未だ日本では正統な議論がなされることのないままこの時を迎えてしまったが。

私自身は、戦前生まれの両親のもとで育てられ、祖父母が戦時中にどのように地域社会の中で尽くしてきたかということを母親から子供時代に聞かされたこともあった。13歳の頃にはヒロシマ原爆記念館を家族で訪れ、戦争で亡くなった罪のない人々の痛みにも触れ、そのときの戦争を憎んだ気持ち、衝撃は忘れることはない。

しかし、今日のマスコミを始めとする一般的な「日本が犯した戦争」と位置づけられる戦争懺悔論には違和感を憶えずにはいられない。そもそも日本人が侵略行為を行ったとして、「アジアの方々に多大な迷惑をかけた」というのが極左政府の見解であるようだが、果たしてそうだろうか。

日本人が満州へ、現在の台湾へ。そして朝鮮半島へ。日本からも労働力として日本の人材を送り込みインフラを整え、学校を創設したからこそ、当時の国の生活が向上した。そして、イギリスやフランスに統治されていたインド、ベトナム、カンボジアのようなアジアの国々を開放し、これ以上アジア諸外国を蹂躙されないためには、アジアから大国が出る必要があったのではないでしょうか?


先の戦争に対して、私の両親や周囲の大人が総括するような、個人的見解を述べるようなことはなかったけれど、ある種、保守派である我が家では、「戦争を起こした日本は悪」「日本人が悪い」というような単純な議論にはならなかった。

それよりも無言の内に、先の戦争でお国のために、天皇陛下のために自らを犠牲にして今日の日本の繁栄の礎を築かれて先祖に対する哀悼の思い、尊崇の思いのようなものを肌身で感じられるような家庭教育がそこにはあったような気がするのだ。

私の両親は信仰深いひとたちであったし、起業もしていて働きものであった。
戦争そのものも「誰かのせい」にするような風潮もなく、かといって礼賛することもなく、ただただ先人の苦労を思い、祖父母や日本人という勤勉に努力し、義を重んずる民族に生まれたことを感謝するような思いを手向けていたように思うのだ。

さて、いまの時代はどうであろうか。
終戦65年を迎えて、戦後生まれの人が8割を超えたというが、日本がアメリカと戦い、その結果、敗戦を迎えたものの、それによって今日の繁栄を手にいれたという真実を知らない若もの世代、親から戦争の話を聞かなかった若い世代が圧倒的に増えているのではないだろうか。

若者に限らず、団塊世代の「日本の戦時教育が悪かった」として自信を根こそぎはぎ取られ、左傾化した世代は、日本の戦後をどう見ているだろうか。家庭ごとに両親から受け継がれた教育は異なるものではあるだろうが、どうも談話と称して、現政権が、朝鮮半島への謝罪を繰り返している状況を見ると、これは総じて日本の戦後史観が正しく論じられることなく今日を迎えてしまったことであり、それに対して危惧を感じざるを得ないのだ。

昭和40年代生まれの私が、それより上の世代のことを論じるにははばかられるものがあるが、それでも真実と思われることを語り続けなくてはなるまい。

本日も某番組でNHK出身の人気ジャーナリストによる戦後を語る特別番組が組まれているが、その番組にゲストとして出演していた女優が番宣で「日本人がまた戦争を繰り返さないという自信が私には持てなくなりました。過去の過ちを繰り返す可能性がないだろうか」というようなことを堂々と発言していた。

これは思想的にいえば左翼発言ということになるだろうが、決して本人にリベラルの意識があっての発言ではないかもしれない。あくまで個人的な番組に出演しての雑感を述べたものであるだろうがそれでも彼女の言葉の真意を解説すれば、「私たちの先祖は第二次世界大戦という過ちを犯したのだ。」「日本人は過去間違いを犯した民族なのだから、また今を生きる私たちも過ちを犯しかねない」ということをいっているのだ。

果たしてそうなのか。前述したことと繰り返しになるが、それはあなたの戦後受けた左傾教育がそういわしてめているのではないか。

本当に日本が世界大戦を戦った理由とは?

そして日本人が生命を賭けてお国のために、愛する祖国、そして愛する人々を守るために戦った理由が果たして分かるのだろうか?

私はこの国を思い、その尊い生命を散らしていった先祖を思う時、決して安易な戦争反対論を唱え、日本を骨抜きの国にしてはならないと思う。

いつか堂々と戦争責任論を日本人の口で語り、そして日本の本当の意味でのリーダーシップによって諸外国を幸福にしていきたいと思うのです。

2 件のコメント:

  1. 素晴しいご意見を拝読させて戴きました。それと、文章から発せられる貴方の誠意と無私なる心、また囚われのない清々しく静かなる心に出会い感激しました。
    失礼ながら、勝手に記事を転載させて戴きました。
    これからも、貴方の誠実なる清々しい風が、この病める世界へ静かに吹いてゆくことを祈ります。

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  2. 長らくご無沙汰しております。
    コメントありがとうございました。
    今後ともよろしくお願い致します。

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