2009年10月26日月曜日

鳩山首相 所信演説

はっはっは、ついにここまで来たか鳩山ちゃん。
(世も末だな。社会主義国家日本万歳ってか!)

これが貴族左翼の姿だ。貴族左翼とは、育ちの良いお坊ちゃんが気の毒な人、貧しい人、病んでいる人をみては「かわいそ~、僕ちゃんがなんとかしてあげたーい」と思う優しい心?を持って、人間皆結果平等を思想・信条とする人たち。

かくいう私も60年代後半の高度経済成長期の成り上がりの親の元に生まれて、地域社会のなかでは否が応でも何かあれば「寄付金を」、と迫られてしまう、そんな家庭のなかで10代前半まではぬくぬくと育っていた。

あれは小学校の中学年の頃、いつも帰り道が一緒だったサラリーマン家庭の女の子がその日の帰り道、何気なく「ねぇ、今日の晩御飯て何?」って聞いてきた。「ああ、たぶんステーキかな」って、いつもの母親の十八番でもある超簡単・焼くだけのレシピのいらない肉料理を口にした。するとその子が真顔で「ステーキってなぁに?」って聞き返してきたんだ。「えっ!?」しばし沈黙があって「そっ、それはお肉だよ。うしの」そう答えたものの、当時ステーキは週1で当たり前に食卓に並んでいた私にとってはかなりの衝撃だった。「この子は家で何を食べているのだろう、貧しいってことは物を知らないってことになるんだな、怖いな。」そんなことを子ども心に思ったものだ。しかし、それと同時に『なぜ、人は豊かな人と貧しい人が存在するのだろう、なぜみんながステーキを同じように食べられないのだろう。生まれの違いだけで。』と思ったものだ。

やがては弱者への関心、福祉に興味を持つような子ども時代を迎えた。

そして20代になり、東京で一人たくましく社会人となって生活を始めた頃には、それは、弱者への救済の思いは、努力による格差を認めない『人間皆結果平等』の左翼的思想へと移り代わっていた。

そう、弱者を限りなくかわいそう、と思う心は自分の境遇の不遇さを嘆く心へと。
なぜ人間は皆同じ環境に生まれないの?親が豊かであれば大抵子どもはその恩恵によくする。しかし、貧しい家に生まれた子は親の財布事情で世の中に対する教養も豊かさも限られたものになってしまう。「そんなの不平等だよ。」20歳過ぎて親の会社が倒産した私には、それが社会の矛盾のようにすり替えられ始めていたんだな。

まあ、今もそういうところが無いかといえばまったくないとは言えず、これが本当につらいところで、自分の中のこの左翼思想さえ抜本的に追い出すことができれば、自分は本当に豊かになれるんだけどな、って思うんだよ。

だってマルクス思想を愛した人は、貧しさを愛したから貧しくなっただけなんだもの。

でっ、今回の鳩山首相の所信表明演説。
確かに今までの首相にはない、力の入った自分の言葉で自分の思うところを述べたある意味、ご立派なスピーチではあったと思う。しかし、私が鼻についてならないのは、自分が幼少期にそうであったように彼は、国民という弱者に対して、「僕ちゃんが何とかしてあげるよ、僕はヒーローなんだからね。君たちにできないことでも僕にはお金持ちのお父さんが付いてるから何でもできちゃうんだよ、だから何でも買ってあげるね。お父さんのお財布から持ってきてあげるよ」と行っているように聞こえるのだ。

だって総理は、首相として今回の予算編成も大臣任せ、行革会議任せで自ら陣頭指揮を執るおつもりはまったく見受けられない。総理、あなたは、日の当たる輝かしい僕ちゃん街道まっしぐらなんだよね。

鳩山家という日本の真の貴族階級に生まれて、財閥のお嬢様と結婚して、華やかな経歴を持つこの人には国民は、『施しをあげる人』にしか映っていないのではないだろうか。

本当の意味で国民自身が、国の産業そのものが立ち直って、企業が再生し、国に堂々と税金を払って社長が誇りを持てる、そんな社会にしていこうという理想をあの所信演説からはまったく感じられない。

ああー。世も末だな。
このまま行けば日本は戦後帰りの左翼思想にどっぷり汚染されて、長引く不況からの起死回生はしばらくお預けだな。
お気楽首相め。いいことしていると思っているからこれが困るんだよ。貴族左翼は本当に始末が悪い。
皆さま、お気をつけてね。10年不況に備えましょ!

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