2010年1月28日木曜日

親の子供虐待(事件)絶対撲滅!

皆さん、こんばんは。
何かこのタイトルだけでとっても悲しくなってしまいますね。

というのは、ここ数日報道されています7歳の男の子が親から暴行を受けて亡くなった事件のことです。ふぅー。

ニュース番組などにその子と関わりのある大人がインタビューを受けていましたが、学校長なども堂々と顔だしでインタビュー受けていました。ある意味「すごい鈍感力だな」と思わせていただきました。

企業でいえばなんでしょうか。企業努力が足りずに人が一人殺されてしまったと。

そうしたらどうなんでしょうか。あのように顔色ひとつ変えずに「出来るだけのことはしました」とマスコミの前に出てきて自分には一切非がないことを証明するためだけにコメントをする。あれで教育者といえるのでしょうか。

本当に子供に対して「申し訳なかった」という気持ちは一切持ち合わせていないのでしょうか。心の奥底では「何かもっと出来ることがあったはずだ」と思っていてほしいと願うのは私だけでしょうか。人として…。

しかし、涙も見せない。被害者の子だけではない、あの映像(インタビュー)を見た全国の子供たちはどう思ったでしょうか。失望したのではないでしょうか。何かあっても学校は、大人は何もしてくれない。守ってくれないのだと。

日教組の下で社会主義的な発想で学校運営をし、外部からの監視を受けない聖域で守られている日本の学校。自らの職業倫理も尊厳を失い、子供や親からも尊敬の念を受けない先生。
自分の良心に誓って、お天道様に向って「私は一生懸命できる限りのことをしました」といえるのだろうか。

私は日本は子供の尊厳が守られていない国だなと思う。堕胎率も高いし(宗教的バックボーンの違いからか)親が子供を自分の一部として見る。過保護にするか、虐待するかどちらかのケースが頻繁に見受けられる。

日本より欧米では子供を大人として扱うカルチャーが強い。他人の目が厳しく、親が子供に手を挙げたり、保護責任を果たしていないと思われるとすぐに通報される。行き過ぎな面もあるかもしれないが、お互いを監視することで子供の被害を最大限少なくしている。

子供のいわれなき虐待は、ずっと昔からあったことだ。家庭の問題に他人が口出ししづらいというのはいまも昔も変わらないかもしれないが、それでも日本ではおせっかいする人が少なくなりすぎた。

私は少なくとも自立できる年齢になるまでは、どんな関わりであれ、まったく通りすがりの人間であっても社会のなかで活かされている限り子どもを保護してやる、子どもを正しく導いてやる努力をするのは大人の責務ではないかと思う。

宗教的なバックボーンからいわせてもらえば、人間は転生輪廻を繰り返す存在である。

魂があり、生まれ変わりがある。「子どもはなぜ尊いか」それは、「子どもも大人と同じ一個の魂を持っている」からだ。魂を持っているが故に親も子どもも独立した存在として尊重されなければいけないのだ。

信仰を持っている人にしか分からない世界なのかもしれないが、基本的に宗教を学んでいないような教師が子供を教えることは難しいと思う。魂の世界を知らずして、人を真に導くことはあらず。この世の中でお互いを尊重し合って生きていくということは、それぞれが仏神から与えられた輝く仏性を持っているということを”知っている”からだ。

そこに互いへの責任が生じると、私はそう信じている。

先生方もそろそろ戦後教育や日教組の呪縛から解き放たれて魂を尊重する教育に目覚めなくてはならないと思う。

良き心の教え(宗教)を学び、まずは自分の心を宗教性に目覚めさせて頂きたいと思う。心から人間としての反省や感謝をし、そして素直に涙を流せるような人間であってほしい。

教育者としての責任がそこにあると、私はそう思うのです。

2010年1月23日土曜日

二つの見るべき局面

   日本国内と、日本を取り巻く世界の国で最も気にかかる国の未来に揺らぎが起きている。
日本では、連日報道され、国会でもやり玉にあげられている小沢問題だ。いよいよ事情聴取は、今日。あるメディアの報道ではすでに検察側は立件の準備を進めているという。政治の中枢で己の野望実現のために権力を集中させていった小沢最後の章となるだろう。

まあ、おそらくは逮捕されると踏んでいる。そして、どんなに逃げの口上を使っても、日替わりで言い逃れを続けている鳩山総理もこの流れには打つ手はないだろう。マスコミのリークや検察批判を繰り返しているが、これ以上、民主の横暴を放置しておくことは決して民意ではない。まだ予断を許さない状況ではあるが、それでも参院選を半年後に控え、このままもはや民主の一人勝ちは許されないだろう。

この状況下で民主の化けの皮をきれいに剥いでみせるのは、既存マスコミや検察だけではない。我々のような草の根的言論活動をしている一人ひとりにもかかっている。

そしてもうひとつ。いま最も国際社会で注目されている中国問題だ。
この国の行く末は、我々日本の、世界の人々の未来に大きな影響を与える。かの国が日本を超える経済成長を遂げるいま、国際社会での役割は大きくなる一方だ。だが、これは言い換えれば日本の陰が薄くなるということを意味している。まあ、それは別の問題として、中国が本当の意味で国際社会の一員となって、活躍してくれればそれはそれ良いことだと思う。世界人口の5分1にあたる13億の人々が中国にはいるのだ。まだこの数の分だけ、世界には共産圏下の軍事国家に人々が住んでいるのかと思うと末恐ろしい数字だ。

その中国に民主化、自由化への揺さぶりをかけているのは、国家間の外交ではなくて、一民間企業のアクションからだ。

昨年、オバマ大統領が中国に訪問した際にもほとんど人権問題には触れられることはなかったし、政治犯の釈放や、ウイグル・チベット問題について協議することはなかった。指導力の失ったアメリカが動くことができなくて中国の民主化はいったいどう進むのか、その道筋が見えなかった矢先、『希望』を与えたのはGoogleだ。本当に民間企業の力は強い。これから世界を変えていくのは、衰退していく国家ではなく、希少な価値を生む国際的ベンチャー企業と世界市民だろう。

現在、アメリカ政府は中国当局と交渉に入り、強くネット利用の自由保護を訴えているというが、中国はいったいどこまで譲歩できるのか。中国はかつてない経済発展と人口パワーを武器に世界の覇権を狙っている。この国がどういった思想を受け入れていくのかが注目される。一方このまま独裁軍事国家としての中国には未来はないという見識者は多く、上海万博以降は中国経済は崩壊するという見方もある。

この中国問題は、日本の未来にも大きな影響を及ぼす。
なぜなら売国奴小鳩政権は、日本を『中国の属国化』にし、東アジア共同体を構築しようとしているからだ。日本の危険はこの思想を受け入れてしまうのか、自由と民主儀主義の繁栄によってこの闇を打ち砕くのか、日本はいま大きな選択を迫られれている。

小沢問題、中国政治問題、この2つの問題は、現状が破局することによって日本と国際社会にとってよい方向に進むというベクトルを持っている。

長年巣くってきた日本の闇政治家と、このままの政治形態で成長し続けることは許されない人権侵害国家中国。この2つの巨悪が法に則って、そして社会の良識にのって正当な手段で転覆されることを一人の人間として切に願う。

2010年1月16日土曜日

Google万歳!(人はパンのみに生きるにあらず)

Googleが中国から撤退をマジ検討していることは、多くの読者の皆様がご存知のことと思う。ついに執拗なサイバー攻撃にたまりかねてあの、次世代のマスコミに変わるであろう世界的インターネット企業が本気になったのだ。この情報だけでも小躍りしたくなるような清々する思いがしたが、さらに良かったのはアメリカ政府が後押ししたことだ。「あれさ、あの件どうなってんの?」と聞いたかどうかは知らないけれど、中国大使を呼んで「説明を求めた」というのには少しほっとした。

今後もアメリカは、ビッグマーケット中国を前に事を荒立てることはしないと思うけれど、それでもアメリカ政府がGoogleの意図を汲み取ってかすかな?援護射撃を行ったことは評価できる行動だ。

それが我が国ではいまどうであろうか。

日本の国益のために、日本人の人々の幸福のために政府は動いているだろうか。国益に反することをやるのは得意な現政権のことだ。同盟国の機嫌を損ねさせ、自分たちの政権維持を最優先し、日本人でもない日本にただ居座っただけの人々、帰化しようとはしない人々のために「外国人地方参政権」を与えるという。

この法案が成立すればいずれ日本は大変なことになる。日本国内にスパイのような人間があちこちに現れ、その数が多ければ多いほど、生粋の日本国民の当たり前の権利や公益を損なうような法案や既成事実が生まれてくるだろう。

私たちは個人の利害を度外視しても立ち上あがらなければならない時がある。それがいまだ。あからさまな人権無視やサイバー攻撃ではなく、じわじわと南や西から押し寄せてくる日本の朝鮮化もしくは中国化、(日本人の朝鮮人化もしくは中国人化)をここで押しとどめなければならない。

言うべきときにはいう。立つべきときには立つ。

日本の国益を失わせる輩に「こんなことをするあなた方にはついていけない」「私たちの方が良識なのだ」と、真正面から言ってやる必要がある。今日は、日比谷で民主党大会が行われる日だ。多くの人々が法案反対デモに参加し、血も涙もないおごり政権に一喝を与えられることだろう。来週前半にでも小沢逮捕の可能性が出来てきたいまが最大のチャンスだ。一気に民主をつぶせ!民主は日本からは手をひけ!

企業の理念のなかの二つでもある「WEBでも民主主義は機能する」と「情報のニーズはすべての国境を越える」に則ったGoogleの中国への抗議行動は我々に勇気を与えてくれた。

2010年1月1日金曜日

謹賀新年2010



皆様、明けましておめでとうございます!
フォトジャーナリスト北野容子です。年明け早々、悩ましい初夢を見てしまいました。悩みがまだまだあるってことは生きていく価値があるってことですね。

今年の目標はやっぱりよいお仕事きっちりして、自分の潜在能力を倍々倍々化うーーーんとさせることかな。 潜在意識が寝てちゃダメですね、ちゃんと起きてないと^^

守護霊様よろしくお願いします。(見えざる仏神の導きを受けられる自分となれますようにご指導ください)合掌

皆さんも心の中で守護霊様とお話するとよいと思いますよ。
私は年末にある話を聞きました。商才を磨くコツとは何か?まず自分自身にたいして納得させる、自分のやるべきことはこれなんだと、心から府に落として自分をます説得することだと。他人への説得力(商売繁盛の秘訣)は、まず自分を説得してからということですね。(これには納得です。)

やはり自分に始まり、自分に終わるということでしょうか。自己責任の原則にも似ていますね。

これまで他人のせい、他人任せにする性格が強かったので今年こそは自分に厳しく、説得力を持って生きたいと思わせていただきました。
すべてはそこから始まるのだと思います。

というわけで鳩山不況も個人的な悩みも何もかも自分への説得力を高めて解決していきましょう。

案ずるより生むが易し。
本年こそは説得力と執筆力を高めてよい感化を社会の方に与えられますように頑張ってまいります。本年もどうぞよろしくお願い致します。

皆様と皆様方の愛する人のご多幸を祈念して。

2010年元旦 都内世田谷にて