2009年8月8日土曜日

日本に国家ビジョンと戦略を

何といっても今の日本の政治の最大の負は、「国家ビジョン」と「国家戦略を持たないこと」だと思う。

「国家ビジョン」、「国家戦略とは何か」、というと、国の未来をデザインし、その方向に基づいて国家を繁栄に導いていくことだ。政府・国家は、日本国民の幸福を最大限に優先し、国を繁栄させる。そして、外国からの脅威に日本国民を守るということ、その国家の義務を果たすのが政府の役割だ。
そのために明確な国家ビジョンを持ち、国家戦略を立てるということが必要なのだ。

しかし、その当たり前のことがこの国ではまともに議論さえなされていない。ここでは詳しくは述べないが、戦後レジュームの脱却と安倍元総理が声高に叫んでいたのはもう2代も前の総理の事。
今では、もう誰も憲法改正問題に触れる気概のある政治家はいなくなった。高邁な国家ビジョンや戦略よりも目先の財源論争が先なのだ、この国では。

しかし日本には、戦後の繁栄を享受する国として、民主主義が根付いた開かれた国として、果たすべき国家としての大きな役割があるのではないだろうか。

なぜなら、日本の同盟国アメリカは、今、確実に衰退の一途をたどっている。前世紀までのアメリカは、世界の中の警察として、民主主義を謳歌する大国としてその役割を担ってきた、そのリーダーシップゆえに世界は3度目の大戦を迎えることなく今日までを過ごしてこられたのだ。

しかし、イラン・イラク戦争、アフガニスタン内乱を契機に中東地域との戦いにおいてアメリカは疲弊した。 ブッシュ政権下でイラクの核兵器は見つからず、実際には数万単位の戦死者を出していたという。 9・11の首謀者ビンラビンは今だ発見されることなくテロリストからの脅威に開放されたわけではない。

加えて昨年からの金融危機。こうした状況下で確実にアメリカは、以前の大国らしさを失い、その誇りを捨てて、自国のことのみに汲々とし、世界の警察としての役割を放棄し始めている。

その直近の例が北朝鮮問題だ。対話路線とでもいうのか、アジアの盟友日本が、北のミサイルの脅威にさらされているにも関わらず、友愛外交よろしくクリントン元大統領を密使で送り込み、アメリカ人記者二人を連れ帰ることに成功はしたものの、不正な行為(核実験や日本へのミサイル発射)に対して厳罰に対処することはなく、あくまで穏便に自国に直接的に降りかかる問題のみ解決されればればそれでよしとするオバマ大統領の心根が感じ取られるのだ。

世界の警察としての役割を20世紀に果たしたアメリカ、このアメリカが弱体化したとき、こうした自体は決して国際社会に平和と安全をもたらさないと思う。

今、この静かなひと時が嵐の前触れを感じさせる。この異様なまでの静けさは、アジアにとって新しい危機の到来の前夜だったと後に言わしめるかもしれないのだ。 アメリカが巨大マーケットの中国に擦り寄り、同盟国日本が、政治的混迷の中でさまよっているとき、世界は一瞬暗闇となる。

日本が自覚しようがしまいが、世界は新しい波に乗って、新しい潮流の中を進んでいく。その次なる光を探し求めているのも真実だろう。まだほの暗い明かりが差してきたくらいの混沌の中で。日本という国は大きな責務を負っている。世界の国々、新たな光を渇望する世界の人々に対して。

世界の灯台とも言うべき日本という灯りはこれからどんどんどんどん大きくこの世界を照らし始めるのだ。 幸福という名を冠した政党が現れ次なる日本のあるべき姿、そして国家ビジョンを打ちたて、その聖なる念いが勝利するとき、日本は変わり、世界は変わる。 だから出でよ新しい気概のある政治家。

そしてその時、日本は、世界に冠たる主権国家としてその実力を遺憾なく発揮することができるのだ。

どうかその光を一人でも多くの人に見出してもらいたい。
その光はいつも身近にある。その光をみようとするか、それとも見過ごすか。
それはすべての日本人の自由に委ねられている。

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