いやはやこの歳にして誕生日も何もあったものではないですが、しかし、この世に生を受けた事実を、その逃れようのない事実にいやが応にも向き合わざるを得ない1両日であるように思うのです。
8月後半になり、にわかに身辺が慌ただしくなり始めました。
何かがきっといま、動き出しているのです。きっと、それは良い方向に。
そして「変われ」といわれているのは、私だけではなくもちろんこの国の同胞、21世紀の地球に生きるすべての民族、すべての国の国民がメッセージを受けているように思うのです。きっと、私だけが受け取っているメッセージではないと思います。
ああ、そうそう、今年に入り頻繁に宇宙からのコンタクトや、アブダクションの解明も進みました。実際に30年ももっと以前からあったことではありますが…。霊界通信できる偉大な魂の肉体を通じて、宇宙人の魂を持つ方のリーディングもなされましたね。幸福の科学総裁大川隆法(エル・カンターレ)によって。これはもうとにかくすごいことが起きているってことですね。
つまりは、目先のことだけしか考えていない方には分かりづらいことと思いますが、「聖なる使命を持つ人間は目覚めていなさい」ということでしょう。
つまりは、人類の創世記にあたることが起きているといっても過言ではないと思うのです。
このブログを読んだ皆さんも目覚められるように、私自身の魂もいま、大きく覚醒しようとしています。これまでの過去を振り払い、何か大きな海洋に船出しようとしている感じがひしひしとしているのです。これを決して無視できませんね。自然体でありのままにこの感覚を受け止め、生き方を見つめ直す時にきているのだと思います。
何か無理にというよりも、宇宙人にアブダクションされた記憶が少しずつ蘇り始めたような感覚で。もともとあったものを「常識的ではない」と、記憶の奥に閉じ込め封印されていたものを必要があって、いまの人類の進化に、目覚めさせようとしている感じがするのです。
(抽象的ですみませんね)
でもいま、いえることは「私たちは時代の要請があって生まれた」ということだけです。
現在、「日いずる国が日沈む国になろうとしている」などと海外メディアでGDPの件で揶揄されていますが、これで終わるわけがありませんね。使命のある日本が。日本人が。この国は神様の国ですから、何といっても。どれだけ大きく考えても、大きすぎることはない程、大きな使命を抱えているのです。ぜひ、そう信じて下さい。
そして、深淵なる目的と使命を持った国民が集合想念を持ち同時代に生まれたのです。
私にも分からない計り知れない変化がこの国に、この星に迫って来ているのではないかということだけはいえると思います。もう少々お待ち下さいね。真実が明らかにされる日まで。
そして、私自身、これからはかつてない程のスケールでダイバーシティー「多様性の甘受」を体験してみたいと思います。自らの心の内にぜひともその機会を与えたいと願っています。そして、これからはいままでとは異なった心象を発見し、楽しんでみたいと思います。
きっと新たな運命を生き始めますね。
愛すべき皆さんの人生もきっとこれからが本番ですよ。
これからを楽しみに過ごしていきましょうね。
日本の国難を憂える一市民です。 仕事は執筆業、撮影を生業にしています。 まともなことをまともにいえる(これは保守政権への奪還を目指すものです)日本にしていきたいですね。 マスコミによる国民コントロール、売国奴から日本を守りたい!その一心でブログを書き綴ります。夢のある未来を築いていきましょう!
2010年8月27日金曜日
2010年8月15日日曜日
戦後65年を迎えて(2010年8月15日)
本来なら戦後65年の節目の年として、日韓併合100年という歴史を俯瞰して、時の政府は、新たな「歴史認識」を発表しなくてはなならない時にきているのだと思う。未だ日本では正統な議論がなされることのないままこの時を迎えてしまったが。
私自身は、戦前生まれの両親のもとで育てられ、祖父母が戦時中にどのように地域社会の中で尽くしてきたかということを母親から子供時代に聞かされたこともあった。13歳の頃にはヒロシマ原爆記念館を家族で訪れ、戦争で亡くなった罪のない人々の痛みにも触れ、そのときの戦争を憎んだ気持ち、衝撃は忘れることはない。
しかし、今日のマスコミを始めとする一般的な「日本が犯した戦争」と位置づけられる戦争懺悔論には違和感を憶えずにはいられない。そもそも日本人が侵略行為を行ったとして、「アジアの方々に多大な迷惑をかけた」というのが極左政府の見解であるようだが、果たしてそうだろうか。
日本人が満州へ、現在の台湾へ。そして朝鮮半島へ。日本からも労働力として日本の人材を送り込みインフラを整え、学校を創設したからこそ、当時の国の生活が向上した。そして、イギリスやフランスに統治されていたインド、ベトナム、カンボジアのようなアジアの国々を開放し、これ以上アジア諸外国を蹂躙されないためには、アジアから大国が出る必要があったのではないでしょうか?
先の戦争に対して、私の両親や周囲の大人が総括するような、個人的見解を述べるようなことはなかったけれど、ある種、保守派である我が家では、「戦争を起こした日本は悪」「日本人が悪い」というような単純な議論にはならなかった。
それよりも無言の内に、先の戦争でお国のために、天皇陛下のために自らを犠牲にして今日の日本の繁栄の礎を築かれて先祖に対する哀悼の思い、尊崇の思いのようなものを肌身で感じられるような家庭教育がそこにはあったような気がするのだ。
私の両親は信仰深いひとたちであったし、起業もしていて働きものであった。
戦争そのものも「誰かのせい」にするような風潮もなく、かといって礼賛することもなく、ただただ先人の苦労を思い、祖父母や日本人という勤勉に努力し、義を重んずる民族に生まれたことを感謝するような思いを手向けていたように思うのだ。
さて、いまの時代はどうであろうか。
終戦65年を迎えて、戦後生まれの人が8割を超えたというが、日本がアメリカと戦い、その結果、敗戦を迎えたものの、それによって今日の繁栄を手にいれたという真実を知らない若もの世代、親から戦争の話を聞かなかった若い世代が圧倒的に増えているのではないだろうか。
若者に限らず、団塊世代の「日本の戦時教育が悪かった」として自信を根こそぎはぎ取られ、左傾化した世代は、日本の戦後をどう見ているだろうか。家庭ごとに両親から受け継がれた教育は異なるものではあるだろうが、どうも談話と称して、現政権が、朝鮮半島への謝罪を繰り返している状況を見ると、これは総じて日本の戦後史観が正しく論じられることなく今日を迎えてしまったことであり、それに対して危惧を感じざるを得ないのだ。
昭和40年代生まれの私が、それより上の世代のことを論じるにははばかられるものがあるが、それでも真実と思われることを語り続けなくてはなるまい。
本日も某番組でNHK出身の人気ジャーナリストによる戦後を語る特別番組が組まれているが、その番組にゲストとして出演していた女優が番宣で「日本人がまた戦争を繰り返さないという自信が私には持てなくなりました。過去の過ちを繰り返す可能性がないだろうか」というようなことを堂々と発言していた。
これは思想的にいえば左翼発言ということになるだろうが、決して本人にリベラルの意識があっての発言ではないかもしれない。あくまで個人的な番組に出演しての雑感を述べたものであるだろうがそれでも彼女の言葉の真意を解説すれば、「私たちの先祖は第二次世界大戦という過ちを犯したのだ。」「日本人は過去間違いを犯した民族なのだから、また今を生きる私たちも過ちを犯しかねない」ということをいっているのだ。
果たしてそうなのか。前述したことと繰り返しになるが、それはあなたの戦後受けた左傾教育がそういわしてめているのではないか。
本当に日本が世界大戦を戦った理由とは?
そして日本人が生命を賭けてお国のために、愛する祖国、そして愛する人々を守るために戦った理由が果たして分かるのだろうか?
私はこの国を思い、その尊い生命を散らしていった先祖を思う時、決して安易な戦争反対論を唱え、日本を骨抜きの国にしてはならないと思う。
いつか堂々と戦争責任論を日本人の口で語り、そして日本の本当の意味でのリーダーシップによって諸外国を幸福にしていきたいと思うのです。
私自身は、戦前生まれの両親のもとで育てられ、祖父母が戦時中にどのように地域社会の中で尽くしてきたかということを母親から子供時代に聞かされたこともあった。13歳の頃にはヒロシマ原爆記念館を家族で訪れ、戦争で亡くなった罪のない人々の痛みにも触れ、そのときの戦争を憎んだ気持ち、衝撃は忘れることはない。
しかし、今日のマスコミを始めとする一般的な「日本が犯した戦争」と位置づけられる戦争懺悔論には違和感を憶えずにはいられない。そもそも日本人が侵略行為を行ったとして、「アジアの方々に多大な迷惑をかけた」というのが極左政府の見解であるようだが、果たしてそうだろうか。
日本人が満州へ、現在の台湾へ。そして朝鮮半島へ。日本からも労働力として日本の人材を送り込みインフラを整え、学校を創設したからこそ、当時の国の生活が向上した。そして、イギリスやフランスに統治されていたインド、ベトナム、カンボジアのようなアジアの国々を開放し、これ以上アジア諸外国を蹂躙されないためには、アジアから大国が出る必要があったのではないでしょうか?
先の戦争に対して、私の両親や周囲の大人が総括するような、個人的見解を述べるようなことはなかったけれど、ある種、保守派である我が家では、「戦争を起こした日本は悪」「日本人が悪い」というような単純な議論にはならなかった。
それよりも無言の内に、先の戦争でお国のために、天皇陛下のために自らを犠牲にして今日の日本の繁栄の礎を築かれて先祖に対する哀悼の思い、尊崇の思いのようなものを肌身で感じられるような家庭教育がそこにはあったような気がするのだ。
私の両親は信仰深いひとたちであったし、起業もしていて働きものであった。
戦争そのものも「誰かのせい」にするような風潮もなく、かといって礼賛することもなく、ただただ先人の苦労を思い、祖父母や日本人という勤勉に努力し、義を重んずる民族に生まれたことを感謝するような思いを手向けていたように思うのだ。
さて、いまの時代はどうであろうか。
終戦65年を迎えて、戦後生まれの人が8割を超えたというが、日本がアメリカと戦い、その結果、敗戦を迎えたものの、それによって今日の繁栄を手にいれたという真実を知らない若もの世代、親から戦争の話を聞かなかった若い世代が圧倒的に増えているのではないだろうか。
若者に限らず、団塊世代の「日本の戦時教育が悪かった」として自信を根こそぎはぎ取られ、左傾化した世代は、日本の戦後をどう見ているだろうか。家庭ごとに両親から受け継がれた教育は異なるものではあるだろうが、どうも談話と称して、現政権が、朝鮮半島への謝罪を繰り返している状況を見ると、これは総じて日本の戦後史観が正しく論じられることなく今日を迎えてしまったことであり、それに対して危惧を感じざるを得ないのだ。
昭和40年代生まれの私が、それより上の世代のことを論じるにははばかられるものがあるが、それでも真実と思われることを語り続けなくてはなるまい。
本日も某番組でNHK出身の人気ジャーナリストによる戦後を語る特別番組が組まれているが、その番組にゲストとして出演していた女優が番宣で「日本人がまた戦争を繰り返さないという自信が私には持てなくなりました。過去の過ちを繰り返す可能性がないだろうか」というようなことを堂々と発言していた。
これは思想的にいえば左翼発言ということになるだろうが、決して本人にリベラルの意識があっての発言ではないかもしれない。あくまで個人的な番組に出演しての雑感を述べたものであるだろうがそれでも彼女の言葉の真意を解説すれば、「私たちの先祖は第二次世界大戦という過ちを犯したのだ。」「日本人は過去間違いを犯した民族なのだから、また今を生きる私たちも過ちを犯しかねない」ということをいっているのだ。
果たしてそうなのか。前述したことと繰り返しになるが、それはあなたの戦後受けた左傾教育がそういわしてめているのではないか。
本当に日本が世界大戦を戦った理由とは?
そして日本人が生命を賭けてお国のために、愛する祖国、そして愛する人々を守るために戦った理由が果たして分かるのだろうか?
私はこの国を思い、その尊い生命を散らしていった先祖を思う時、決して安易な戦争反対論を唱え、日本を骨抜きの国にしてはならないと思う。
いつか堂々と戦争責任論を日本人の口で語り、そして日本の本当の意味でのリーダーシップによって諸外国を幸福にしていきたいと思うのです。
2010年8月6日金曜日
8月6日 広島原爆投下の日に
8月6日8時15分。慎んで英霊の皆様に、日本国を支えて下さった先祖の皆様にご冥福をお祈りいたします。
今日は世界初の原爆投下から65周年を迎える日です。
65年とは実に歴史の重みを感じさせる歳月ではありませんか。
広島市内を歩けば過去のものとするには痛ましく、まだ時間が止まったようにさえ感じることでしょう。私が初めて広島原爆記念館を訪れたのは、小学校4年生の時でした。2泊3日の家族旅行でした。
両親は子供たちに原爆の実態を見せておくことが必要と考え、下の3人を連れて岡山方面の観光旅行から広島へと足を延ばしてくれました。
岡山から広島へ着く頃はなぜか居心地悪く、理由は分かりませんが父と母が車中で口喧嘩をしていたことが印象的でした。
楽しいはずの家族旅行がなぜか、広島へと近づく程に口が重くなり、私は幼少期からの敏感体質で、体がすっかり重たく何かを背負っているようにさえ感じていました。
そして、広島市内の原爆ドームへと向かう道すがら、当時、被爆した人皆川に飛び込んだという橋があって(橋の名前は今思い出せんが原爆ドームへ向かう途中に渡る橋です)その橋を渡る時に何とも重いものが肩にのしかかるようで、歩いても歩いても、この橋を渡り切ることができるのだろうかと、たかだが100メートル足らずの橋を背に思ったものでした。
自分でも不思議で、重いものから開放されたのか、宿泊する旅館についてからは、やたらとご飯が美味しかったことを憶えています。今までそんなにおかわりをしたことがなかったのですが、食べても食べてもお腹が満たされず、母親がびっくりするくらい三杯か四杯はおかわりしました。
きっと原爆ドームにいって、広島市街地を歩いて、成仏されていらっしゃらない英霊がたくさんおられたことと思います。その人たちの分も気づかず頂いてしまっていたのでしょうね。
原爆ドームの中では、最後の方にはたまらず「どうしてアメリカ人はこんなひどいことをしたの?」と母親に尋ねるふりをして、近くで真剣な眼差しで展示物を見ていたアメリカ人にわざと聞こえるように声を荒げたものでした。
月日が流れ、すっかり親米家となった私ですが、それでもあの時「子供の頃に原爆ドームを訪れたこと」、「広島の市街地を歩く」という経験をさせてもらったことは貴重な体験でした。原爆ドームを見たという事実は、私の人間形成に大きな影響を及ぼしたことでしょう。
そして今、世界は核兵器廃絶に向かって一歩を踏み出したかに見えるけれど、その前提にはもっと「Atomic Bom」=核兵器の恐さを世界中の人が知らなければならないと思うのです。
すべての日本国民が、そして世界中の人がこの悲惨な事実を受け止めなくては本当に広島の人たちが浮かばれることはないと…。
堪え難い苦しみと悲惨な光景が繰り広げられた場所、広島。人類が人類に対してこれほどの仕打ちが出来るだろうか、と「なぜ」「なぜ」と問い続けなくてはなならない場所。この事実こそが「ヒロシマ」の証であり、65年が経った今でも浮かばれえぬ人々の声なき声として私たちに語りかけてくるのです。ヒロシマは、人類にとって特別な場所です。
広島をまだ訪ねた事がない方がいたら、ぜひ、一度は訪ねてみて下さい。日本人として、その恩恵を受けた祖先として。私たちは過去を変えることはできませんが、その先祖の死を弔い、そして未来への祈りを捧げることは出来ると思うのです。
第二次世界大戦という時代を生きた日本人が、私たちの先祖がいたということを、私たちは決して忘れてはならないと思います。 二度とあってはならないこの日に。
今日は世界初の原爆投下から65周年を迎える日です。
65年とは実に歴史の重みを感じさせる歳月ではありませんか。
広島市内を歩けば過去のものとするには痛ましく、まだ時間が止まったようにさえ感じることでしょう。私が初めて広島原爆記念館を訪れたのは、小学校4年生の時でした。2泊3日の家族旅行でした。
両親は子供たちに原爆の実態を見せておくことが必要と考え、下の3人を連れて岡山方面の観光旅行から広島へと足を延ばしてくれました。
岡山から広島へ着く頃はなぜか居心地悪く、理由は分かりませんが父と母が車中で口喧嘩をしていたことが印象的でした。
楽しいはずの家族旅行がなぜか、広島へと近づく程に口が重くなり、私は幼少期からの敏感体質で、体がすっかり重たく何かを背負っているようにさえ感じていました。
そして、広島市内の原爆ドームへと向かう道すがら、当時、被爆した人皆川に飛び込んだという橋があって(橋の名前は今思い出せんが原爆ドームへ向かう途中に渡る橋です)その橋を渡る時に何とも重いものが肩にのしかかるようで、歩いても歩いても、この橋を渡り切ることができるのだろうかと、たかだが100メートル足らずの橋を背に思ったものでした。
自分でも不思議で、重いものから開放されたのか、宿泊する旅館についてからは、やたらとご飯が美味しかったことを憶えています。今までそんなにおかわりをしたことがなかったのですが、食べても食べてもお腹が満たされず、母親がびっくりするくらい三杯か四杯はおかわりしました。
きっと原爆ドームにいって、広島市街地を歩いて、成仏されていらっしゃらない英霊がたくさんおられたことと思います。その人たちの分も気づかず頂いてしまっていたのでしょうね。
原爆ドームの中では、最後の方にはたまらず「どうしてアメリカ人はこんなひどいことをしたの?」と母親に尋ねるふりをして、近くで真剣な眼差しで展示物を見ていたアメリカ人にわざと聞こえるように声を荒げたものでした。
月日が流れ、すっかり親米家となった私ですが、それでもあの時「子供の頃に原爆ドームを訪れたこと」、「広島の市街地を歩く」という経験をさせてもらったことは貴重な体験でした。原爆ドームを見たという事実は、私の人間形成に大きな影響を及ぼしたことでしょう。
そして今、世界は核兵器廃絶に向かって一歩を踏み出したかに見えるけれど、その前提にはもっと「Atomic Bom」=核兵器の恐さを世界中の人が知らなければならないと思うのです。
すべての日本国民が、そして世界中の人がこの悲惨な事実を受け止めなくては本当に広島の人たちが浮かばれることはないと…。
堪え難い苦しみと悲惨な光景が繰り広げられた場所、広島。人類が人類に対してこれほどの仕打ちが出来るだろうか、と「なぜ」「なぜ」と問い続けなくてはなならない場所。この事実こそが「ヒロシマ」の証であり、65年が経った今でも浮かばれえぬ人々の声なき声として私たちに語りかけてくるのです。ヒロシマは、人類にとって特別な場所です。
広島をまだ訪ねた事がない方がいたら、ぜひ、一度は訪ねてみて下さい。日本人として、その恩恵を受けた祖先として。私たちは過去を変えることはできませんが、その先祖の死を弔い、そして未来への祈りを捧げることは出来ると思うのです。
第二次世界大戦という時代を生きた日本人が、私たちの先祖がいたということを、私たちは決して忘れてはならないと思います。 二度とあってはならないこの日に。
2010年7月24日土曜日
またもや「朝まで生TV」をみるはめに
寝苦しい暑さが続く今日この頃、ついにまた「朝生」を観るはめに…。
でも今日のタイトルは、「激論!日本の若者」「目指すべき社会とは」だ。面白い。評論家のあー、名前忘れた。ドリームインキュベーターの堀さん、結構私の好きな評論家だ。しかしこの年寄り評論家に対して早稲田の教授、東浩紀(39)が吠えた。若者の心のつかめない堀氏に対して噛み付いたのだ…。ちょっとした決めつけの言葉にカチンときたみたいだったけど。
マジ切れに怒るtwitterフォロアーたちもいたけど、後で冷静になって自分の考えをまとめて「世代間の無理解、議論の平行線を解消しよう」と、とつとつと話た東教授はなかなか偉いと思った。
田原総一郎も自分が長くメディアに居座りすぎた「害悪」として認める発言もアリーの、「マスメディアは年寄りが多い」、という発言も飛び出して、なかなか面白い、これは。
この流れは社会全体の流れであるし、これから若者の逆襲は加速することだろう。
我々40代前半世代は、自称「若者」としてまだまだガンバりたいと思うけど、こういう若者バトル、実力が伴って、元気のいい20代、30代を応援したいと思う。
ー先ほどのtwitterでのつぶやきー
20代、30代の若い現論人、知識人、企業家うんとたくさん出て来てほしい。ホントに今、日本はぐちゃぐちゃで何でもありの時代だからこそ、今なら世代交代が出来る!我々40代も負けていられないけど、もう一花咲かせたいけど、頑張れ20代、30代、若者世代!!
そして、経済評論家の勝間さんも切れの良い、なかなかいえない日銀のデフレ問題をすっぱ抜いていいぞ!円高で何が悪いんだい。日本の経済価値が世界で認められているというのに、デフレ信奉者、テクニカルの間違い、政府の経済音痴、絶対そうだと思うよ、私も。
勝間さん、若者、期待してるぜい☆ おいらもガンバローッと。
でも今日のタイトルは、「激論!日本の若者」「目指すべき社会とは」だ。面白い。評論家のあー、名前忘れた。ドリームインキュベーターの堀さん、結構私の好きな評論家だ。しかしこの年寄り評論家に対して早稲田の教授、東浩紀(39)が吠えた。若者の心のつかめない堀氏に対して噛み付いたのだ…。ちょっとした決めつけの言葉にカチンときたみたいだったけど。
マジ切れに怒るtwitterフォロアーたちもいたけど、後で冷静になって自分の考えをまとめて「世代間の無理解、議論の平行線を解消しよう」と、とつとつと話た東教授はなかなか偉いと思った。
田原総一郎も自分が長くメディアに居座りすぎた「害悪」として認める発言もアリーの、「マスメディアは年寄りが多い」、という発言も飛び出して、なかなか面白い、これは。
この流れは社会全体の流れであるし、これから若者の逆襲は加速することだろう。
我々40代前半世代は、自称「若者」としてまだまだガンバりたいと思うけど、こういう若者バトル、実力が伴って、元気のいい20代、30代を応援したいと思う。
ー先ほどのtwitterでのつぶやきー
20代、30代の若い現論人、知識人、企業家うんとたくさん出て来てほしい。ホントに今、日本はぐちゃぐちゃで何でもありの時代だからこそ、今なら世代交代が出来る!我々40代も負けていられないけど、もう一花咲かせたいけど、頑張れ20代、30代、若者世代!!
そして、経済評論家の勝間さんも切れの良い、なかなかいえない日銀のデフレ問題をすっぱ抜いていいぞ!円高で何が悪いんだい。日本の経済価値が世界で認められているというのに、デフレ信奉者、テクニカルの間違い、政府の経済音痴、絶対そうだと思うよ、私も。
勝間さん、若者、期待してるぜい☆ おいらもガンバローッと。
2010年6月16日水曜日
珠玉のメッセージ「未来創造の経済学」に学ぶ
昨日、発売されたばかりの新刊タイトルはズバリ「未来創造の経済学」。
手に入れたのは港区高輪にある幸福の科学の宗教施設、東京正心館である。
もちろん一般の大手書店などでも手に入るものだが、昨日は宗教施設で行われる大川隆法総裁の説法「国家社会主義とは何か」の日だと思い込み訪れた結果、得たものだった(ちなみに講演会は6月22日火曜日13時〜)
この必然とも思える出来事は、じっくりとこの書籍を味読することとなり、心の自由性と経済の自由性がどれほど人間の魂に躍動感をもたらすのか、ということを身を持って体験することとなった。
霊言とは実に神秘的な現象であるが、この世での人間の人智を遥かに超えた神秘の力が挑んでいるとしたら、それは人類にパンドラの箱を開いても伝えようとしている何かがあるということではないだろうか。
あまりここで抽象的な話をしたところで意味はない。自由を限りなく愛し、その業績が今持って多くの人々を照らしだしている敬愛すべき経済学者ハイエクの霊言より、幾つかのメッセージを抜粋し紹介したい。
第一章「自由の死」を最も恐れよ 2010年4月9日 ハイエクの霊示
「各人が、それぞれの持ち場で最善の努力をするほうが、結果的には全人類の前進になる」ということです。そうであるばらば、国民にとって大事なことは何であるかというと、「自由の死を最も恐れなければならない」ということです。
「自らが自らの手足を縛り、お上あるいは一部の特権エリートに、その身を委ねてしまう」ということは、「自由の死」を意味します。(中略)
あなたがたは、「投票型民主主義という自由があるではないか。投票の自由がある以上、大丈夫だ」と思いがちです。しかし、ヒトラーのナチス党も民主主義的課程から生まれたものであることを忘れてはなりません。人々はナチス党に投票したんです。
だから、「民主主義は両刃の剣、諸刃の剣であって、どちらにだって転ぶ。人々に良識があれば、良いものになることもあるが、人々から良識が失われている状況においては、残念ながら、自ら不幸を呼び、”集団自殺”を起こすこともある」ということです。(中略)
「大きな政府ができれば、自分たちの面倒を見てくれる」と考え、そういう福祉国家ができることに一種のユートピア幻想を持っているひとが数多くいます。「それは、自分たちの自由の死を意味し、自分たちの未来を特定の人たちに預けてしまうことになる」ということを、理解していない人が数多くいるのです。(中略)
多数の意見というものは、未知の領域においては必ずしも正しいとは言えません。経験則上、「正しい」と、はっきり分かってるものについては、よろしいのですけれども、「これから始まる未知の領域においては、多数の意見が正しいとは言えなくて、新しい起業家なり発明家なりが道を拓くことが多い」ということを知らなくてはいけないのです。
大川隆法著「未来創造の経済学」ハイエクの章より抜粋。
信仰心があるとかないとか、幸福の科学がどうとかではなくて、虚心坦懐にこの20世紀に降り立った巨人ハイエクのスピリッツを感じとり、多くの日本人がこれ以上違った選択をしないよう、心していくのみである。
尚、大川隆法総裁渾身の説法、そして”霊言”に関心のある方はご連絡を。
何か一言と思われるかたもどうぞ遠慮なく。
本日はこれにて。
手に入れたのは港区高輪にある幸福の科学の宗教施設、東京正心館である。
もちろん一般の大手書店などでも手に入るものだが、昨日は宗教施設で行われる大川隆法総裁の説法「国家社会主義とは何か」の日だと思い込み訪れた結果、得たものだった(ちなみに講演会は6月22日火曜日13時〜)
この必然とも思える出来事は、じっくりとこの書籍を味読することとなり、心の自由性と経済の自由性がどれほど人間の魂に躍動感をもたらすのか、ということを身を持って体験することとなった。
霊言とは実に神秘的な現象であるが、この世での人間の人智を遥かに超えた神秘の力が挑んでいるとしたら、それは人類にパンドラの箱を開いても伝えようとしている何かがあるということではないだろうか。
あまりここで抽象的な話をしたところで意味はない。自由を限りなく愛し、その業績が今持って多くの人々を照らしだしている敬愛すべき経済学者ハイエクの霊言より、幾つかのメッセージを抜粋し紹介したい。
第一章「自由の死」を最も恐れよ 2010年4月9日 ハイエクの霊示
「各人が、それぞれの持ち場で最善の努力をするほうが、結果的には全人類の前進になる」ということです。そうであるばらば、国民にとって大事なことは何であるかというと、「自由の死を最も恐れなければならない」ということです。
「自らが自らの手足を縛り、お上あるいは一部の特権エリートに、その身を委ねてしまう」ということは、「自由の死」を意味します。(中略)
あなたがたは、「投票型民主主義という自由があるではないか。投票の自由がある以上、大丈夫だ」と思いがちです。しかし、ヒトラーのナチス党も民主主義的課程から生まれたものであることを忘れてはなりません。人々はナチス党に投票したんです。
だから、「民主主義は両刃の剣、諸刃の剣であって、どちらにだって転ぶ。人々に良識があれば、良いものになることもあるが、人々から良識が失われている状況においては、残念ながら、自ら不幸を呼び、”集団自殺”を起こすこともある」ということです。(中略)
「大きな政府ができれば、自分たちの面倒を見てくれる」と考え、そういう福祉国家ができることに一種のユートピア幻想を持っているひとが数多くいます。「それは、自分たちの自由の死を意味し、自分たちの未来を特定の人たちに預けてしまうことになる」ということを、理解していない人が数多くいるのです。(中略)
多数の意見というものは、未知の領域においては必ずしも正しいとは言えません。経験則上、「正しい」と、はっきり分かってるものについては、よろしいのですけれども、「これから始まる未知の領域においては、多数の意見が正しいとは言えなくて、新しい起業家なり発明家なりが道を拓くことが多い」ということを知らなくてはいけないのです。
大川隆法著「未来創造の経済学」ハイエクの章より抜粋。
信仰心があるとかないとか、幸福の科学がどうとかではなくて、虚心坦懐にこの20世紀に降り立った巨人ハイエクのスピリッツを感じとり、多くの日本人がこれ以上違った選択をしないよう、心していくのみである。
尚、大川隆法総裁渾身の説法、そして”霊言”に関心のある方はご連絡を。
何か一言と思われるかたもどうぞ遠慮なく。
本日はこれにて。
2010年6月7日月曜日
中国におけるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の役割とは
今日は6月6日。相変わらず日本の政治はぱっとしない。
そうした中、日本では日々、世界中の人の苦しみは忘れ去られているようだ。
アジア諸国の共通の課題として近隣国の北朝鮮の問題がある。(引いては中国問題に繋がるが)人間として最も基本的なこと『基本的人権』が蹂躙され続けている。
最近、日本でも映画「クロッシング」が公開され、また未公開映画「キムジョンジリア」が一部日本のメディアで紹介されるなど、北朝鮮の凄惨さが民主主義国家に伝えられている。実際、日本に逃れてきた脱北者の話では、「現実はクロッシングで描かれていることの100倍は悲惨」なのだという。
ここではその脱北者の話については触れないが、内容は想像していた以上で、もしかしたら第二次世界大戦のホロコーストに匹敵する悲惨さなのかもしれないと思った。思想犯にされた場合、幼い子供でも精神病棟に隔離され家族との面会は一切なく精神が崩壊する。挙げ句人間としての尊厳は失われ動物のようになってしまうのだという。
なぜ、同一民族である国民に対してこうも非道な仕打ちが出来るのか。長年に渡って洗脳され続けた国民は、互いに監視し合う中で人権意識が損なわれ、人間としてのまっとうな感覚が失われてしまったのだろうか。しかし、それが彼らの本来の姿ではないことが脱北した人の言葉を聞けばわかる。
ポル・ポトといいアジアにおける独裁者の共産主義体勢、先軍体勢は実に恐ろしいものだ。
一党独裁国家の中国には底の見えない恐さを感じるが、それ以上に北朝鮮が絶望的なのは、国交を持たず、市場経済の導入が破綻したことだ。(現在はデノミを導入、その後さらに経済は悪化している)。よって、いまのところ現体制を崩壊(権力者の死もしくは権力の剥奪)させることによってしか国民が自由になる術は浮かばない。
もちろん1%の可能性でも内部から崩壊していくというシナリオがないことはないけれど、それでも取り残されている国民にそれだけの知力、気力、財力があるかどうかが問題だ。
映画「キムジョンジル」でインタビューに答えていた脱北者は、『北朝鮮を抜け出すまでは外国は自国の事しか考えない悪い国だと聞かされていた』という。そして日本からの援助があったことも知らないというのだ。上層部の横流しは話によく聞くが、援助を受けていたお米の一部は、外貨欲しさに韓国に輸入していたという。(そんなバカな話はあるまい!)
という訳で本日の表題、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の話である。
北朝鮮からの脱北ルートは主に中国東北部になるわけだが、ご存知の通り中国は北朝鮮との外交を重視し、脱北者を積極的に捉え北朝鮮に送り返している。この理由には、脱北者には政治的亡命意識が弱く政治的理由ではなく、生活苦で自国を逃げ出してきた、つまりはカリフォルニアに不法滞在するメキシカンと同じだという味方をしているからだという。
そうした解釈の裏には限りなく流失してくるであろう北朝鮮の人々の受け入れ問題がある。何万、何十万と想定できる難民を受け容れる用意がある国などはほとんどなく、これ以上の負担を背負いたくないという各国の本音だろう。
しかしだ、何よりも攻めを負うの中国政府の対応だ。
政治的本質が北朝鮮と同通する中国は、北朝鮮との関係にのみ重きを置き、自国に戻れば絶対に国際法上も許されない拷問や、あるいは死刑に値する処罰が待っていることを分かっていながら、脱北者を積極的に引き渡す。
その残忍さは中国の内政そのもに通じるが、せめて一時預かり、国際法上守られるべき人権に照らし適切な対応を取る義務があるはずだ。それが出来ない中国政府には、UNHCR(国連難民高等弁務官)が動かなくてはならない。UNHCRは、北朝鮮が人権侵害国家であるが故、中国には安易に脱北者を引き渡さないことを約束させなければばらないのだ。たとえ中国の出方がどうであれ、UNHDRには通告の義務はある。それがいま、出来ないという現状を国際社会は何と見るか。
中国にも駐在するというUNHCRの意味は一体何なのか?
『すべての難民・被災民を人道的に保護すること』がその創立の目的ではないのか。
UNHCRは、中国から北朝鮮への強制送還、そして北朝鮮政府による公開処刑、精神病院への強制収容、北朝鮮のおけるあらゆる拷問に対して禁止命令を実行せよ。
政治的既得権目当てにアフリカ諸国だけを援助することなく、今ここにあるアジアの現実にも目を向けてもらいたい。様々な問題があるにしろ、命をかけて逃げ出してきた人々に新たなチャンスを与えることなく、葬りさることは民主主義国家に生まれた人間としてその責務を果たしていないのではないか。また人権蹂躙国家に加担する中国が国連の常任理事国として相応しいかどうか、諸外国はもっと検討すべきである。
一人の人間の力ではどうする事も出来ない状況がそこにはあるが、それでも同じアジアの同胞として何か手助けできることがないか、もっと真剣に考えてみたい。
日本政府はこの問題に対してもっと積極的にUNHCR働きかける義務があるだろう。
次期政権に期待できる事ではないが、過去の菅首相の責任(シンガンス釈放嘆願事件)を考えた際に気の毒なアジアの同胞を救う行為はばかられることではあるまい。
単に戦略的互恵関係などといって自国を差し出すような民主党政権にはほど遠い、自己犠牲的精神を発揮しなくては実現できない話ではある。
そうした中、日本では日々、世界中の人の苦しみは忘れ去られているようだ。
アジア諸国の共通の課題として近隣国の北朝鮮の問題がある。(引いては中国問題に繋がるが)人間として最も基本的なこと『基本的人権』が蹂躙され続けている。
最近、日本でも映画「クロッシング」が公開され、また未公開映画「キムジョンジリア」が一部日本のメディアで紹介されるなど、北朝鮮の凄惨さが民主主義国家に伝えられている。実際、日本に逃れてきた脱北者の話では、「現実はクロッシングで描かれていることの100倍は悲惨」なのだという。
ここではその脱北者の話については触れないが、内容は想像していた以上で、もしかしたら第二次世界大戦のホロコーストに匹敵する悲惨さなのかもしれないと思った。思想犯にされた場合、幼い子供でも精神病棟に隔離され家族との面会は一切なく精神が崩壊する。挙げ句人間としての尊厳は失われ動物のようになってしまうのだという。
なぜ、同一民族である国民に対してこうも非道な仕打ちが出来るのか。長年に渡って洗脳され続けた国民は、互いに監視し合う中で人権意識が損なわれ、人間としてのまっとうな感覚が失われてしまったのだろうか。しかし、それが彼らの本来の姿ではないことが脱北した人の言葉を聞けばわかる。
ポル・ポトといいアジアにおける独裁者の共産主義体勢、先軍体勢は実に恐ろしいものだ。
一党独裁国家の中国には底の見えない恐さを感じるが、それ以上に北朝鮮が絶望的なのは、国交を持たず、市場経済の導入が破綻したことだ。(現在はデノミを導入、その後さらに経済は悪化している)。よって、いまのところ現体制を崩壊(権力者の死もしくは権力の剥奪)させることによってしか国民が自由になる術は浮かばない。
もちろん1%の可能性でも内部から崩壊していくというシナリオがないことはないけれど、それでも取り残されている国民にそれだけの知力、気力、財力があるかどうかが問題だ。
映画「キムジョンジル」でインタビューに答えていた脱北者は、『北朝鮮を抜け出すまでは外国は自国の事しか考えない悪い国だと聞かされていた』という。そして日本からの援助があったことも知らないというのだ。上層部の横流しは話によく聞くが、援助を受けていたお米の一部は、外貨欲しさに韓国に輸入していたという。(そんなバカな話はあるまい!)
という訳で本日の表題、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の話である。
北朝鮮からの脱北ルートは主に中国東北部になるわけだが、ご存知の通り中国は北朝鮮との外交を重視し、脱北者を積極的に捉え北朝鮮に送り返している。この理由には、脱北者には政治的亡命意識が弱く政治的理由ではなく、生活苦で自国を逃げ出してきた、つまりはカリフォルニアに不法滞在するメキシカンと同じだという味方をしているからだという。
そうした解釈の裏には限りなく流失してくるであろう北朝鮮の人々の受け入れ問題がある。何万、何十万と想定できる難民を受け容れる用意がある国などはほとんどなく、これ以上の負担を背負いたくないという各国の本音だろう。
しかしだ、何よりも攻めを負うの中国政府の対応だ。
政治的本質が北朝鮮と同通する中国は、北朝鮮との関係にのみ重きを置き、自国に戻れば絶対に国際法上も許されない拷問や、あるいは死刑に値する処罰が待っていることを分かっていながら、脱北者を積極的に引き渡す。
その残忍さは中国の内政そのもに通じるが、せめて一時預かり、国際法上守られるべき人権に照らし適切な対応を取る義務があるはずだ。それが出来ない中国政府には、UNHCR(国連難民高等弁務官)が動かなくてはならない。UNHCRは、北朝鮮が人権侵害国家であるが故、中国には安易に脱北者を引き渡さないことを約束させなければばらないのだ。たとえ中国の出方がどうであれ、UNHDRには通告の義務はある。それがいま、出来ないという現状を国際社会は何と見るか。
中国にも駐在するというUNHCRの意味は一体何なのか?
『すべての難民・被災民を人道的に保護すること』がその創立の目的ではないのか。
UNHCRは、中国から北朝鮮への強制送還、そして北朝鮮政府による公開処刑、精神病院への強制収容、北朝鮮のおけるあらゆる拷問に対して禁止命令を実行せよ。
政治的既得権目当てにアフリカ諸国だけを援助することなく、今ここにあるアジアの現実にも目を向けてもらいたい。様々な問題があるにしろ、命をかけて逃げ出してきた人々に新たなチャンスを与えることなく、葬りさることは民主主義国家に生まれた人間としてその責務を果たしていないのではないか。また人権蹂躙国家に加担する中国が国連の常任理事国として相応しいかどうか、諸外国はもっと検討すべきである。
一人の人間の力ではどうする事も出来ない状況がそこにはあるが、それでも同じアジアの同胞として何か手助けできることがないか、もっと真剣に考えてみたい。
日本政府はこの問題に対してもっと積極的にUNHCR働きかける義務があるだろう。
次期政権に期待できる事ではないが、過去の菅首相の責任(シンガンス釈放嘆願事件)を考えた際に気の毒なアジアの同胞を救う行為はばかられることではあるまい。
単に戦略的互恵関係などといって自国を差し出すような民主党政権にはほど遠い、自己犠牲的精神を発揮しなくては実現できない話ではある。
2010年6月1日火曜日
お別れはお早めに…(社民離脱に思う)
日付変わって昨日のことになるが社民党が民主党との連立政権を正式に離脱した。
最初から『読めていた事』と言えばそうではあるが、郵政票獲得のために画策した亀井静香の国民新党が何とかぶらさがっているものの、この連立政権は発足時より、各政党の思惑だらけ、政局がらみの利潤共有のみでの繋がっていることは大半の国民の目には明らかであったと思う。
強いていえば、なぜか本来は保守であるはずの自民党出身者の寄せ集めであった民主党に、郵政改革で自民を離脱した亀井氏率いる国民新党が加わり、少なからず日本に根付いた護憲派と呼ばれるリベラル(左派)・社民党との3党が「大きい政府路線」で一致団結しタッグを組むことを実現した。唯一この点だけは、一貫して彼らの政治方針は一致していたと思う。
実際にはどういう経緯で改憲派であった小沢一郎が社民に近づき、いつの間に護憲派よろしく中国共産党にすり寄り、東アジア東亜圏なるものを鳩山と共に構想するように至ったのかは分からない。
日本を代表するような政治家(闇将軍)小沢、その信条の変節ぶりは本人でしか知り得ない部分があるだろうが、推測を許してもらえるとするならば、やはり「自民党とは逆にいく事で民主党の存在感をアピールしたかったのではないか」ということと、さらに「長きに渡る野党生活でいつの間にか根性がひねくれ左傾化し、政界で暗脈するうちに社会主義思想(中共への思慕?)の中に、未来の権力者としての夢を拡大させていたったのではないか」ということだ。
しかし、この連立政権において最大の障害であった社民党の真性左派である核心、アメリカとの外交問題(基地問題)の前に、その思惑はもろく崩れ去ろうとしている。
小沢がいかに選挙目当てで(労組や日教組などの組織票狙い)愚策を労したとしても、さすがに日本国の最高責任者(事実上)である鳩山には、『米国を切り捨てる』などそんな勇気も気概も持ち合わせてはいなかった。(胸をなで下ろすもこれからが大変だ)
どんなに内閣発足当時『日米中の三角形・対等な関係』といったところで、アメリカの核の傘に守られて生きるより他ない日本国民の生命を危険にさらしてまであがきを続けても何ら利することはないということを、鳩山はようやくこの8ヶ月で悟るに至った。
これが鳴りもの入りで政権交代を遂げた民主党政権の断末魔、鳩山のすべてなのだ。
遅まきながら、鳩山がしごく当たり前の(それでもまだ足りないが)日本の政治家としてのあるべき姿に近づきつつある今、福島瑞穂の社民党とは決別をせざるを得なくなったのは、むろん当然のことだ。原点に戻っただけの話だ。
それが何だか昨夜から深夜にかけてニュースでは福島(少子化大臣)と辻本(国交副大臣)の女二人が、泣いて泣いて、女の涙でだいぶ同情を誘ったようだった。しかしこの数ヶ月間、普天間基地問題が揺れに揺れ、総理の判断を惑わすような社民党からの圧力で日本の国は大きな外交的損失を受けたことを忘れてはなるまい。
国益とは無関係に「沖縄には基地を作らせない」の一点ばりで、アメリカにバッシングされた日本は、TOYOTAが叩かれ、肝心のギリシャ金融問題でも国際社会において何ら存在感を示すことが出来なかった。アメリカに嫌われた同盟国には、グローバル外交などできやしないのだ。
また日本の海域では、中国の調査船が海上保安庁の調査船を追い回してみたり、海上自衛隊護衛艦に中国軍の艦載ヘリが接近したりと、まともに米国ともつきあえない弱っちい日本をあざ笑うかのように中国になめた行動を取られ続けている。(来日した温家宝のリラックスした満足げな表情には日本の属国化が近づいたかと思った)
実際、韓国の軍事行動も辞さないとする李大統領の毅然とした対応を鳩山はどう見ているのか。相手が中国であった場合は、誰に泣きついていくのだろうか。(もちろん米国しかあるまい)
自滅するだけの鳩山政権だが、それでも8ヶ月、正直長過ぎたように思う。
まだ参院選では決着がついてないが、この後に及んでまだ総理の座に居座り続けようとする鳩山にそれを擁護する民主党の重鎮たちがいる。「鳩山くんじゃなくても誰がやっても同じ結末になったと思うな」とは、渡部恒三最高顧問の弁だ。
そんなところで決着はまだついてないが、しかし社民党とのそれと同じように別れは長引けば長引く程に、結論を先延ばしにすればする程に男女の仲と同じように、愛憎劇は酷なものになるだろう。
どうやら鳩山さんには神経が通っていないみたいだから平気そうだが、まともな人間なら、彼女(国民)との愛憎劇がこれ以上根深くなる前に潔く身を引くというものだ。
それともやもや今でも国民との間に蜜月を取り戻せるなどと甘い幻想を抱いているのではあるまいな。
鳩山さんもそろそろこの辺りで本物の男らしさを見せて『国民に真を問う』、『解散総選挙だー!』とたまには叫んでみてはどうか。
そうすれば愛想を尽かした国民(彼女)も「あら、少しはいいとこあったのね」と、別れ際に一瞬だけ振り向いてくれるかもしれない。
最初から『読めていた事』と言えばそうではあるが、郵政票獲得のために画策した亀井静香の国民新党が何とかぶらさがっているものの、この連立政権は発足時より、各政党の思惑だらけ、政局がらみの利潤共有のみでの繋がっていることは大半の国民の目には明らかであったと思う。
強いていえば、なぜか本来は保守であるはずの自民党出身者の寄せ集めであった民主党に、郵政改革で自民を離脱した亀井氏率いる国民新党が加わり、少なからず日本に根付いた護憲派と呼ばれるリベラル(左派)・社民党との3党が「大きい政府路線」で一致団結しタッグを組むことを実現した。唯一この点だけは、一貫して彼らの政治方針は一致していたと思う。
実際にはどういう経緯で改憲派であった小沢一郎が社民に近づき、いつの間に護憲派よろしく中国共産党にすり寄り、東アジア東亜圏なるものを鳩山と共に構想するように至ったのかは分からない。
日本を代表するような政治家(闇将軍)小沢、その信条の変節ぶりは本人でしか知り得ない部分があるだろうが、推測を許してもらえるとするならば、やはり「自民党とは逆にいく事で民主党の存在感をアピールしたかったのではないか」ということと、さらに「長きに渡る野党生活でいつの間にか根性がひねくれ左傾化し、政界で暗脈するうちに社会主義思想(中共への思慕?)の中に、未来の権力者としての夢を拡大させていたったのではないか」ということだ。
しかし、この連立政権において最大の障害であった社民党の真性左派である核心、アメリカとの外交問題(基地問題)の前に、その思惑はもろく崩れ去ろうとしている。
小沢がいかに選挙目当てで(労組や日教組などの組織票狙い)愚策を労したとしても、さすがに日本国の最高責任者(事実上)である鳩山には、『米国を切り捨てる』などそんな勇気も気概も持ち合わせてはいなかった。(胸をなで下ろすもこれからが大変だ)
どんなに内閣発足当時『日米中の三角形・対等な関係』といったところで、アメリカの核の傘に守られて生きるより他ない日本国民の生命を危険にさらしてまであがきを続けても何ら利することはないということを、鳩山はようやくこの8ヶ月で悟るに至った。
これが鳴りもの入りで政権交代を遂げた民主党政権の断末魔、鳩山のすべてなのだ。
遅まきながら、鳩山がしごく当たり前の(それでもまだ足りないが)日本の政治家としてのあるべき姿に近づきつつある今、福島瑞穂の社民党とは決別をせざるを得なくなったのは、むろん当然のことだ。原点に戻っただけの話だ。
それが何だか昨夜から深夜にかけてニュースでは福島(少子化大臣)と辻本(国交副大臣)の女二人が、泣いて泣いて、女の涙でだいぶ同情を誘ったようだった。しかしこの数ヶ月間、普天間基地問題が揺れに揺れ、総理の判断を惑わすような社民党からの圧力で日本の国は大きな外交的損失を受けたことを忘れてはなるまい。
国益とは無関係に「沖縄には基地を作らせない」の一点ばりで、アメリカにバッシングされた日本は、TOYOTAが叩かれ、肝心のギリシャ金融問題でも国際社会において何ら存在感を示すことが出来なかった。アメリカに嫌われた同盟国には、グローバル外交などできやしないのだ。
また日本の海域では、中国の調査船が海上保安庁の調査船を追い回してみたり、海上自衛隊護衛艦に中国軍の艦載ヘリが接近したりと、まともに米国ともつきあえない弱っちい日本をあざ笑うかのように中国になめた行動を取られ続けている。(来日した温家宝のリラックスした満足げな表情には日本の属国化が近づいたかと思った)
実際、韓国の軍事行動も辞さないとする李大統領の毅然とした対応を鳩山はどう見ているのか。相手が中国であった場合は、誰に泣きついていくのだろうか。(もちろん米国しかあるまい)
自滅するだけの鳩山政権だが、それでも8ヶ月、正直長過ぎたように思う。
まだ参院選では決着がついてないが、この後に及んでまだ総理の座に居座り続けようとする鳩山にそれを擁護する民主党の重鎮たちがいる。「鳩山くんじゃなくても誰がやっても同じ結末になったと思うな」とは、渡部恒三最高顧問の弁だ。
そんなところで決着はまだついてないが、しかし社民党とのそれと同じように別れは長引けば長引く程に、結論を先延ばしにすればする程に男女の仲と同じように、愛憎劇は酷なものになるだろう。
どうやら鳩山さんには神経が通っていないみたいだから平気そうだが、まともな人間なら、彼女(国民)との愛憎劇がこれ以上根深くなる前に潔く身を引くというものだ。
それともやもや今でも国民との間に蜜月を取り戻せるなどと甘い幻想を抱いているのではあるまいな。
鳩山さんもそろそろこの辺りで本物の男らしさを見せて『国民に真を問う』、『解散総選挙だー!』とたまには叫んでみてはどうか。
そうすれば愛想を尽かした国民(彼女)も「あら、少しはいいとこあったのね」と、別れ際に一瞬だけ振り向いてくれるかもしれない。
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