2014年4月25日金曜日

苦手なカップル

いえ、まあいいんですけどね。
どうにも解せないカップルというのが私の中にありまして。
小田急線で見かけたいい中高年というよりも、男のほうは団塊世代の60代後半くらい(結構いい爺です)女性はおそらく声の感じで40前後くらいでしょうか。

電車のなかでいちゃいちゃ・・・。
まあ、思ったんですけどね。若い子たちがいくら電車でいちゃいちゃしたって、多少、動物的に感じることはあっても不潔感はない。
でも、どうでしょう。いかにも後妻に入った風な中年がらみの女で、しかも娘と父親位歳の離れたカップルが手つないで二人だけにしかわからない会話をあえて、聞こえるような耳打ちでしゃべられても・・・。

いやあ、気持ちわるかったなあ。
どうにもこういうの受付られないんですよ、生理的に嫌悪感が(~_~;)いやあ、あえて、多くを語らずともお互いのことが分かり合えるくらいの距離感で、手をつないでいても微笑ましいくらいのかわいいカップルになりたいものです。(あっ、相手が!(^_^;))ガーン。

齢をとったら、これくらいが息の合った歩調でしょうか。

2014年4月23日水曜日

神の見えざる手を信じて・・・・

消費税が8パーセントにあがりました。
それでもって「消える1コインタクシー」。ほんまにそうやわ。
「お役人さんの考えていることはわかりません」(500円タクシー運営会社運転手)。

来月から大阪名物(いや東京にもありますけど(~_~;))、500円タクシーが姿を消すことになりそうです。

最低運賃を満たしていないということで、5月には事業者資格取り消されないように、サービスを撤回するようです。お客様が得するサービスを提供しているのに、自ら経営に行き詰って辞めるならわかるけど、やれるからやってんのに、まったく道理がわかりません。

ペナルティーとして2回勧告受けたら、次は、事業者資格を取り消すそうです(;一_一)

なんなのでしょうか?行き過ぎた規制緩和って!?そのサービスが必要かどうかは、見えざる手の消費者が決めることではないのでしょうか。

http://www.iza.ne.jp/kiji/economy/news/140329/ecn14032918460014-n1.html

意識の波のなかで

朝、いや昼から気分の悪い映像を見せられてしまった、facebookで。

慰安婦像の撤去を求める行動を日米でとってくれている人の投稿だけど、女子高生(おそらく香港)4,5人がよってたかって同じ位の東洋系の女子高生を蹴り上げ殴りつける映像だ。
コメントには、「中国人によるウイグル人への暴行もこれと同じことが繰り返されている」と・・・。

投稿者の意図がわからないではないが、ちょっと耐えきれなかった。
どこにも救いをその映像には感じられなかったからだ。私は思わず、フォローを解除してしまった。

今こうして自分の気持ちを書いているのは、世界がこの映像を見たとしても何も変えられないと、自分がさっき思ったことと、一瞬にして今少しだけ気持ちが変わったからだ。

確かに、本当に見たくない映像だった。気分が悪かった。頭では日本でもそういうことが子供たちの間で行われているのを知っている。でも、何も知らなければ、世界は変えられない。知らないとは、知っているつもりでも事実を直視しないことだ。

私も同じ人間、憤りや悲しさ、無信仰の人間たち、親が子にきちんと教えていないことの大切なことの多さに情けない気持ちがこみ上げる。が、毎日、毎日、こうしたことが自分の認知していないどこかで行われていることを知っているのと、知らないのとでは自分の意識もきっと変わってくる。

世界は変えられないとは決して言いきれない。一つ、二つ、意識の波の中に、変えたいことを強く記憶しておくは決して悪いことではない。

2014年4月20日

2014年4月1日火曜日

仕事と愛ってこういうことかな・・・

この頃つくづく思うことの「仕事編」!?

堅い話をすれば「仕事とは何か」、「生きることと仕事とのつながり」ってこういうことなのかなあ、と思うのですが、いや最近、つくづく実感することがあります。

仕事を推進していく力は、やはり愛と人間力だなということ。
 
人間ってさまざまな力をもっているし、仕事の能力が高いひとがたくさんいるとは思うのですが、私は最近、渋谷にある某企業でお仕事ご一緒にさせていただいてつくづく思うのは、「この人でなくてはこの仕事はうまくいかなかっただろうな」ということです。

日頃、お世話になっているエディターE氏ですが、この方の仕事能力はなんというか、いかにも”できる人”って感じじゃない。むしろ、ほんわかした笑顔に、ちょっとふっくらとしてきたお腹でまわりに安心感を与えてくれるようなひとなんです。

周囲(私を含む)に対する自然な気配りや、リスペクトはもちろんのこと、後輩や、同僚に対してもひとりひとりの呼び名も可愛らしくて、相手に対する優しい眼から発する言葉があります。

温かい。そう、人柄が。


私もかれこれ社会人になってメディアに携わる仕事をはじめて20年以上が経つけれど、
いろいろな人とお付き合いしてきたと思うし、「袖すり合うも他生の縁」で、何かのご縁を感じることも多かったようには思います。けれど、そうしたインパクトの強さを感じるよりも、人と人の間に馴染んで、その繋がりがあたり前のように感じられる、ということが大切なんだなあと。

取り立てて何か話題に上ったり、何か考えなきゃいけないような人間関係があるわけではない。

自然に見える形でその人の存在がある、その人の働きかけによって物事が滞りなくうまくいっている、そんなことがとても肝心かなと。多分そんな風に自然にその人が見えなければ我々の間には何か無理をしているものがあるってことでしょ(笑。

そう考えたら、あたり前のようにうまくいってるように感じさせてくれるって人ってすごいな。

そんなふうに思わせてもらえる人との出会いがあったんだ。



実際、どこの業界でも誰でも、人を色眼鏡で見たり、自分たちの企業カルチャーや、仕事のやり方をあたり前に感じてて、それ以外の人のやり方や、カルチャーに物言わぬ批判をしていることが多いんじゃないかと思うんだ。ちょっとうがった見方と思われるかもしれないけどね、やっぱり中に入り込んで仕事してみると、そういうことって多いよね。どんな業界でも。

だから、「他人のふり見てわがふり直せ」なんて、昔のひとが考えた教訓がいまも生きているわけだね。

仕事やひとに対して自分の色をつけず、人と人との潤滑油になるような生き方をすること、これができる仕事人間ていうのはどんな企業でも、どんな相手でもきっとうまくいくと思うんです。確信こめて!

自分も他人も認め合ってリスペクトして仕事しあうには、自分を抑える必要もあるし、時には”無になって”仕事そのものと向き合う必要があると思うんだけど、自然体の姿の自分で生きていくために必要なのは、やっぱり愛だな。

愛ある人生を地で生きているひと(家族や友人・他人を大切にしているひと)っていうのは、自然と許したり、仕事仲間やお客様にも優しく、温かいまなざしで向き合えるものだと思う。

最近は、そんな温かい家庭を持った優しい諸先輩がた、私の見習うべき歳の若いディレクターたちも多くなったなと思います。やっぱり所帯を持つって人間にとっては大事なことなんだよね。

いまの自分には一生こないことかもしれないけれど、
自分自身に対する正しいリスペクトと愛を持ち、他人にも自分同様、愛と敬意もって自然体で、ことにあたりたいと思います。今の自分にできること、どんな環境のなかでも最善を尽くして大輪の花を咲かせる蓮の花のような自分になりたいなあ、なんて思う次第です。

最後までお読みいただきありがとうございました。
 

2014年3月9日日曜日

この頃つくづく思うこと(友人たち、そして愛する日本のすべての人へ贈る)

日本人は奥ゆかしい民族ですが、最近では犯罪に走ったり、自らの権利を主張する欧米型の人権主義者も多くなってきています。

何が言いたいかというと、そういう人権主義者のひとは、同時にリベラリストであることが多いわけです。いわゆる戦後型のですね。戦争下の日本において、自らの人生を最大限に伸ばしたり、自由に生きることができなかったのは事実だと思うのですが、ほんとうに悪いことばっかりだったのでしょうか?(先人の苦労は計り知れないこととは思いますが)

私の母は言います。
「昔は、おいしいジュース(夏に沖縄のフルーツジュースを贈った後)なんかなかったけど、それでも豊かだった。家族がみな一緒だった。そこには家庭の団欒があった。幸せだった。」

これは、母の子供時代(戦中・戦後)を回想しての話です。
母は昔から文章を書くのが好きなひとで、よく若いときから亡くなったおじいさんやおばあさんのことを筆にしたためていました。

その母の書き遺すおじいさん、おばあさんは、戦争時代に人として大切なことを守り抜き、豊かに生き抜いた誇り高き人たちとして描かれていました。おばあさんは「救国の母」と呼ばれ、良妻賢母の鏡として徳島新聞に報道されたこともあったひとでした。

だから、私は、そんな日本人が先の大戦を戦った先人たちが、まったく無謀な野蛮な行為として、戦争を仕掛けたとは思えないのです。

あの母から聞いたおじいさん、おばあさんは、公のために尽くし、神仏に感謝し、生命をはぐくんでくださった日本という国土に感謝して生きた人たちです。とても気高く生きた。苦しいことがあっても、弱音を吐くことなく、子供たちの未来に希望を託した。わたしは、その苦労を、気高さを忘れたくはありません。

それが私に生命をつないでくださった祖父祖母への、せめてもの恩返しだと思うのです。そして、ここに記しておきたいのは、戦争をしたくて戦争をする国家はないということです。少なくとも日本において、明治期以降、近代国家になってからは、一度もなかった。やむに已まれぬ大和魂はあったことでしょう。そして、当時のひとは、自分の人生も丸呑みして生きてきたと思います。

だからこそ、先の世界大戦を戦った日本人を悪くいう現代人に、権利主義者に、伝えたいことがあるのです。

いま、この一見平和に見えるグローバル世界になっていることが、先人たちの戦争という代償を払って得た結果だ、ということです。ひとは、最初から喧嘩せずしてお互いの実力を認め合い、仲良くし続けることは難しいものです。国家のレベルにおいても。どこかで文明の衝突、価値観の衝突は起こるものです。その究極の姿が、最終形が戦争だと。人間は、未熟かもしれないが、そのことでのみ、最終決着をつけるしかないことも起こりうる。

だからこその、いまの平和なんです。

平和はただで買えるものではない、ぜひ、このことを、皆さんに刻んでいただきたいと思います。
みなさんは、ご先祖様をどう思いますか?
日本人の子孫に生まれてよかったと思いますか?

「戦争したから不幸になった」。それは事実かもしれませんが、その悲惨な体験によって先人の尊い犠牲によって、今の自分たちがあることを、この身にしかと自覚して、これからの時代を生きていきたいと思います。

ケネディ大使インタビューに思う。

つくづく思うこと。

相変わらずこの国は、戦後の自虐史観による強烈な精神的呪縛受けている。

太平洋戦争に負けたことで日本人は、自分たち祖先を否定し、ことさらマイナス点を暴き出すことに余念がない。しかし、それは、ほんとうに太平洋戦争を戦い抜いた先人たちに対する正しい評価なのか。朝日系記者によるねつ造記事「南京大虐殺」に始まり、慰安婦問題、河野談話、村山談話。過去の首相たちは、中韓関係に配慮を重ね、その場はお茶を濁すという日本的手法で当時を逃げ切った。そのつけが今の我々にのしかかっているというのに、政府は大鉈をふって、過去の呪縛を断ち切るまでの腹積もりはないようだ。保守系の首相になった今でも、それだけ政治的逆圧力、左派マスコミの容赦ないアタックがあり、自虐戦後史に支配されている日本人が多いということだ。

先のクローズアップ現代に出演していたケネディ大使も完全なリベラリスト。

どこかの団体が○言と称して、彼女を持ち上げていたのが不思議でならないのだが、あの容姿に可憐な立ち振る舞い、明るい雰囲気、古き良き時代のアメリカを彷彿とさせるケネディ家の娘。そんな彼女のレッテルが親しみやすく、理解あるひとに見せがちだが、実際に彼女が言ったのは、従来のオバマ政権で繰り返されてきた日本軽視ともいえる見解だ。「太平洋地域の安定を脅かす、火種になる行為に対してアメリカは同盟国としていうべきことは言う」。「中韓とは話し合っていくことが大切」では、いったいどう話せば中韓が胸襟を開いて、友好的かつ建設的な関係構築に乗り出してくるというのだ。見せかけだけの騙しテクニックではなくて・・・。安倍総理は今もって気長に胸襟を開いている。それでも竹島を乗っ取り、尖閣周辺の領海侵犯を繰り返し、日本の国益を脅かし続けているのは奴らなのだ。もとをただせば、日本人の自虐史観が中韓に好き放題する隙を与えただけだが。

アーサー・ウォルドロンペンシルバニア教授は、3月7日(金)付の日経新聞。堂々二段抜きのコラムで「米国との同盟、過信は禁物」という見出しで、注意深く日米中関係について考察し、軍事的対応についても具体的に述べている。

詳細を割愛させていただくか、鳴り物入りで来日した政治家経験零のど素人ケネディ大使にそれなりの発言、日本の未来の行く末に対し重要なコメントを求めるのは無理があるという話だ。おそらく誰も期待していなかったと思うが、唯一左巻きの公営放送NHKだけは違ったようで、国谷キャスターの自国の保守政治家に対する冷たいあしらいに比べ、かつてないほどの素直なうなずきで、まるで環境左派のケネディに感銘を受けたとでもいう表情で聞き入っていたのだ。さらに失望をしたしだいである。

http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/rekishi01.htm

2014年2月24日月曜日

真央ちゃんのオリンピックが終わった!

ああ、もうもうほんとにドラマチックだったソチオリンピック。

メダルに届いた選手もメダルには届かないまでも熱いドラマを届けてくれた選手たちに感謝したい。
一人ひとりのことをほめたたえたい気持ちでいっぱいだけど、やはり人間としてその真価をみせてくれたのは(個人的にはですが)、大好きなフィギュアの浅田真央選手だ。私は彼女がシニアデビューしたときからの大ファンだった(いたいけな彼女のお母さんになってあげたいという気持ちになることもあるほどだ)。

 


ソチに向けてJALの特別機やバスなどに特大で描かれた真央ちゃん。マスコミはもちろんのこと、政府関係機関に、フィギュア連盟、スポンサーなど、ありとあらゆるところからの”期待という名のプレッシャー”が浅田選手の細い肩にかかっていたことだろう。


加えてロシアという開催国。テレビで観ていても独特の聴衆の雰囲気に圧倒されるほどだった。
とりわけアジア人によるフィギュアに対しては厳しい目があるなか、完全アウェーで戦いぬくのはどれほどの怖さだったことだろう。

 


決して心地よいとは思えない集合想念のなかで戦ったせいか、これまでミスなく滑れていた日本人選手たちがことごとくミスを連発した。ショートでは羽入選手がノーミスで過去最高得点を、フリーでは浅田選手のみが(厳しいジャッジだったため成功とはみなされなかったジャンプもあるが)自己ベストの演技をやってのけた。
 


「なぜ、ここで?」というタイミングでミスを繰り返した日本人選手たち。
きっと心優しく繊細な選手たちは、自分たちにかかるプレッシャーに加え、あのソチの空気にのまれてしまったのだろう。

そんな中、自身でもこの4年間目標としてきた金メダルに遠く及ばなないまでも、たった翌日1日で、あの完璧ともいえるフリーを滑りきり、日本国中をいや、世界に感動を呼んだ浅田選手には本当に頭が下がる思いだ。

聞けば海外の一流アスリートをはじめ、浅田選手と関わったスタッフ関係者は皆彼女の虜になってしまうという。言葉を超えてその生き様で、誠意あふれる自分と向き合う姿勢に、われわれの心は揺さぶられずにはいられないのだろう。

もちろんほかの日本のアスリートたちも、10代で金メダルを取った選手たちもみな素晴らしかったが、いつの間にかわれわれ日本人は、「これぞ真のサムライ」と呼ばれるような素晴らしい女性を、宝物を授かっていたのだ。


本当に今回のオリンピックはメダルではない、メダルが取れなかったからこそ、意味のある何か、目にはみえないストーリーに気づかさせてくれたようにも思う。

フリーの演技を滑りきった後の浅田選手の涙は、今年一番の全国民レベルで「共感」という言葉を味わせてくれた瞬間ではなかっただろうか。

今後も浅田選手の幸運を祈りながら、こういうオリンピック選手たちと同時代に生まれ、その生き様を垣間見ることができたことに感謝したい。

これでソチオリンピックは終わっていくけれど、日本の快進撃はこれからなのだと信じたい。
そして自分自身の人生も本番はこれからだと・・・。